『パリの憂鬱』「老婆の絶望」

2018/09/01 ・ 未分類 ・ By 秋山俊

老婆の絶望

小柄で皺だらけの老婆は、その赤子を見てとても嬉しい気持ちになった。誰もがその子のことを歓迎し、誰もがその子を喜ばせようとした。その可愛い子は老婆のように脆く、老婆と同じく歯も髪の毛もなかった。

彼女は赤子を喜ばせ、楽しい顔を見せてほしいと願いながら近づいた。ところが優しくも老いぼれた女性の愛撫を受け、怯えた赤子は暴れて家中に鳴き声を響かせた。そしてこの良き老婆は永遠の孤独へと引き返し、隅っこで泣きながら独り言つのだった。「ああ!私達、不幸な老いた雌たちは、時間は去りゆき、無邪気な子にさえ好かれない。そして愛でてあげたい小さな赤子を怖がらせてしまうのだわ!」

赤子と老婆は肉体の不完全さ、他者への依存性といった共通点を抱えているが、一方は愛され一方は忌み嫌われる。

アンガス・マディソンの「世界経済」の統計によれば、19世紀前半のフランス人の平均寿命は39歳、そのおよそ100年の時期は25歳であり、産業革命期に平均寿命が1.5倍以上に伸びていたことが分かる。

こう考えるとタイトルの「老婆の絶望」とは、ボードレールの時代にはまだ真新しい「都会的な現象」と言えたのではないか。それ以前の医療が未発達な過疎的農村社会では、皺だらけの老婆は結構レアな存在で、むしろ貴重なご意見番的存在になれていたかもしれないのだ(それでも赤子には嫌われたろうが)。

ある差別に関する心理実験によると、差別的プレイを密かに助長するゲームにおいて、最も差別を受けたのは老人だったという(このゲームでは、差別していることがプレイヤーに自覚されないよう巧妙に造られている)。そこには人間の本能に根ざした、死を匂わせる存在への無意識的な嫌悪がある。

LINEで送る
Pocket

投稿: 2018/09/01 ― 更新: 2020/09/17
同じテーマの記事を探す
関連記事
コンテンツ
文客堂について