橋本治の思考:「“失われた10年”は“なにもしなかった10年”に過ぎない」

2021/12/25 ・ 引用 ・ By 秋山俊

昭和が終わってバブルがはじけた後の二十世紀――一九九〇年代のことを「失われた十年」と呼ぶらしいということを以前に知って、「なんでそんな不思議なことを言うんだろう?」とも思った。私にすれば、それは「日本の社会がなにもしなかった十年」でしかない。

橋本治『失楽園の向こう側』小学館文庫, 2006年

橋本治はなぜ「なにもしなかった」と喝破するのか。「日本社会はずっと頑張ってきた」という反論があるかもしれない。

しかしここで橋本が述べるのは、「日本人が、あくまで従来の“楽園”ありきの経済生活を継続していた」ということだ。「終わらない経済成長」「バブル経済」という名の“楽園”。「経済を立て直す」と思っても、そこで思考されるのは、「“楽園”を前提とした思考」でしかない。

なぜならそれが長く当たり前だったために、もはや日本人は、それを「どんな状況でも通じる、普遍的な思考」だと思いこんでいたからだ。だから「“失楽園”以後の世界」=「不況」において、日本社会は実質的に有効なことを「なにもしなかった」。

楽園は消えた。だからなんとかしなくちゃいけない。でも、楽園の生活に馴染んで、なにをどうしたらいいのかが分からない人達も大勢いる。だから、楽園は失われても、失った側の人間は、存在した楽園の中にいた通りの生活を続けようとする。でも、それは楽園があったればこそ成り立っていた生活パターンで、楽園がなくなってしまえば成り立たない。だから、相変わらずの生活状態を続けて行けば、どんどんおかしくなる。

『失楽園の向こう側』

橋本は「かつての楽園」のような常識が通じる枠組みを「ドーム」と呼ぶ。かつての日本社会は、「ドーム」の外側にある領域を侵食しながら、この「ドーム」を拡大してきた。「ドーム」の外側とは、「時代遅れな」町の商店街とかである。しかし成長期においては、「ドーム」が十分大きなることができ、ほとんどの日本人が「中流」として、この「ドーム」の内側にいることができた。

ところが“失楽園”後の世界では、この「ドーム」の急激な縮小が始まり、「ドーム」の内側に入れない脱落者たちが続出するようになる。

企業は大きくなる。大きくならざるをえない。なぜかと言えば、企業というものが「大きくなる」という前提の下で金を集め、「大きくなる」という方向性だけで生きて来たからだ。企業にとって、「小さくなる」というのは「失敗への途を辿る」ということなのだから、企業はそんな選択をしない。そんな選択をせざるをえないのは、「失敗してしまった」という時だけである。

だから、企業は大きくなる。「大きくなる余地」がある限り、順調に大きくなる。「大きくなる余地」がなくなった時には、生き延びるために、無理をしてでも大きくなる。だから、「一・五+・五=二」式の合併が起こる

「一・五」の企業が「二」になって、「二」になった企業は大きくなっているけれども、本来は、「一・五+一・五=三」にならなければいけないものが「二」にしかなっていないのだから、その「一」の部分はどこかに消えている。

『失楽園の向こう側』

「一・五 + 一・五= 二」という合併が起こるということは、産業社会に拡大の余地はないということなのだから、これが吸収されるわけはない。つまりは、切り捨てられているのである。

「一・五+一・五= 二」式の拡大の結果出てしまった「余り」は、どこに切り捨てられるのか? それは、産業社会というものの外に切り捨てられる。だから、見えない。産業社会というのは、ドームに覆われたような巨大都市で、切り捨てられた人間はこのドームの外に出される。だから、ドームの中の人間には見えない。

『失楽園の向こう側』

人間を養うドーム都市の規模が縮小しているから、それと共に、ドーム都市の外側へ出ざるをえない人間の数も増える。「ドームの中では、人間が保護されているから生きられるが、外に出されたら生きられない」というようなものである。まるで、火星みたいだ。「ドーム都市の内側に酸素はあるが、外側にはない 「だから、出されたら死ぬしかない」と。それがつまりは、「社会の二極分解」である。

『失楽園の向こう側』

(ヘッダー画像:『失楽園の向こう側』)

初版:2021/12/25

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