『ラジオ・スターの悲劇』と人工物とヴェイパーウェイヴ

2020/08/24 ・ 音楽 ・ By 秋山俊
バグルス『ラジオ・スターの悲劇』1980年

私がバグルスを聴くようになるキッカケは『グランド・セフト・オート・バイスシティ』のラジオの中で『ラジオ・スターの悲劇』が流れていたからである。同世代で同じ経験をした人は多いと思う。

『バイスシティ』は80年代リゾートに対するノスタルジーを感じさせるゲームだが、ゲーム中で流れる『ラジオ・スターの悲劇』はさらに遡り、60年代までの「ラジオの時代」に誕生したスターを回顧する歌詞となっている。つまりノスタルジックなゲームの中のラジオから、さらに過去のノスタルジーが溢れてくるという仕組みになっていた。

あなたの声を聴いていた
52年のあの頃に
横になったまま
夢中でラジオを合わせてさ
青い僕の胸にも届く声

I heard you on the wireless back in fifty two
Lying awake intent at tuning in on you
If I was young it didn’t stop you coming through

『ラジオ・スターの悲劇』

「ア~ワ!ア~ワ!」の空耳(?)が異常なインパクトで耳にこびりつくこの曲。ノスタルジーたっぷりの歌詞だが、特に以下の部分の切なさはたまらない。

そして僕らは
忘れられたスタジオで出会う
プレイバックを聴いていると
もうずっと昔のことみたいだ
あのジングルを覚えているでしょ

あなたが最初で
あなたが最後で

And now we meet in an abandoned studio
We hear the playback and it seems so long ago
And you remember the jingles used to go
Oh, Oh, You were the first one
Oh, Oh, You were the last one

心の中でも車の中でも
巻き戻せないよ
遠ざかり過ぎて

In my mind and in my car
We can’t rewind, we’ve gone too far

『ラジオ・スターの悲劇』

バグルスと言えば、一発屋。しかし時代に消費された一発屋ではなく、どこか普遍的なノスタルジーの味わいを持っている。だから私のような、ラジオスターとは縁のない世代の人間にも愛されるのだと思う。

人工物とノスタルジー

セカンド・アルバム(にして最後のアルバム)の『モダン・レコーディングの冒険』でもそうだが、バグルスの曲の多くで「人工物」が中心的なモチーフとなっている。

バグルス

タイトルを読むだけでも「プラスチック」「ラジオ」「モノレール」「カメラ」「テレビ」……人工物のイメージと電子音。歌詞はノスタルジックなのだが音楽は未来志向で、戻ろうとしているというより、先に進みながら振り返っているような、そんな不思議な感覚。

また彼らの曲を聴いていると、ラジカセやブラウン管TVのようなオブジェと共に、昔の人が空想していたような未来像、コンピュートピア(ときにディストピア)のような「あり得なかった未来」が到来していたのではないかという気がしてくる。

若き日のトレヴァー・ホーン

つまりバグルスの曲は「僕らにとっての過去」であると同時に「僕らが過去に夢見ていた未来」という“過去”のノスタルジーでもある(ややこしい)。

たとえば以下は、ディストピア的な未来社会を歌った『プラスティック・エイジ』(あるいは『プラスティックの中の未来』)の冒頭部分。

毎日金属の友だちが
午前6時にベッドをゆすり
ピカピカのお手伝いクローンたちが
電話を持って走ってくる

さっと話して、取引して
偽物買って、本物売って
この胸の痛みはなんだ
きっと疲れているんだ

Every day my metal friend.
Shakes my bed at 6 AM.
Then the shiny serving clones.
Run in with my telephones. 

Talking fast I make a deal.
Buy the fake and sell what’s real.
What’s this pain here in my chest.
Maybe I should take a rest.

『プラスティック・エイジ』

ブラウン管の中に永遠が……

それで、2010年代からネット上で急激に広まりつつある「ヴェイパーウェイヴ(Vaporwave)」の描くイメージが、このバグルス的なノスタルジーのイメージからそのまま接続しているのではないか、というのが最近の私の感覚。

なぜかというと、バグルスが回顧したのは50-70年代の消費社会で、ヴェイパーウェイブが回顧しているのは80-90年代の消費社会だから。そしてどちらも人工物のイメージを中心に置きながら、過ぎ去ったプラスチックの時代を懐かしんでいる点で共通している。

ここで軽く紹介すると、ヴェイパーウェイヴというのは、既存の曲を歪ませるように編集しながら、TVCMとか怪しい日本語とかポリゴンとか、80-90年代的な映像(特に「外人から見た日本」のイメージ)に乗せて愉しむ怪電波的な音楽。

ネット発でアングラ的な性格が強いので、動画が削除されることもあるし、聴きたい人はYouTubeで”Vaporwave”で検索して欲しい。最初はなんじゃコリャと思うが、慣れてくると、擦り切れそうなビデオテープを再生しているかのような、この毒特のぁやしぃ感覚がクセになる。

(本当は「ドクターペッパーのような音楽」と喩えたいのだが、日本だと嫌いな人が多すぎるので、この喩え方はしない。「ルートビアのような音楽」と言っておこう)

ヴェイパーウェイヴに触れていると「ただの商業サウンドや、邪魔なだけだったTVCMも、2,30年経てばアートや文化財になるのか」と感慨深い。

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投稿: 2020/08/24
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