『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』(’68) / ロメロの天才性

2020/07/10 ・ 映画 ・ By 秋山俊
『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』Criterion盤Blu-ray

世の中に“巨匠”と呼ばれる映画監督は何人もいるが、ジョージ・A・ロメロに匹敵する監督はわずかしかいない。

例えば現代の人気監督の最上位に君臨するスピルバーグやタランティーノは、確かに傑作映画を何本も撮っており、世界でロメロ以上の人気と認知度を誇っているが、彼ら抜きで現代の映画史が成立するかと言えば、おそらく成立するのである。ところがロメロは映画の流れを変え、サブカルチャーの文法を更新し、最も大げさな言い方においては、人類の歴史を変えてしまった。ゾンビという怪物が存在しない映画史や漫画史、あるいはゲーム史を想像できるだろうか。

『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』は、ロメロの発見した相対性理論だ。ロメロが“モダン・ゾンビ”を発明し、またたく間に世界は侵略された。かつて映画界を席巻したドラキュラやミイラ男は遍く食い殺され、もれなくゾンビの餌食となった。それほどモダン・ゾンビという物語装置は優れており、強力かつ万能であったため、様々な映画ジャンルに実装された。

図1:作中では“生ける屍”と呼称されるゾンビたち(『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』)

正確に言うと、ロメロが発明したのは“ロメロのリビング・デッド”という新種のクリーチャーであって、「ゾンビ」ではなかった(図1)。それまでの「ゾンビ」とは『恐怖城 / ホワイト・ゾンビ』(’32)に見られるような、ブードゥー教の呪いがモチーフとなった、ただの思考力が失われた人間の残骸であり、今日的な意味でのゾンビとは異なる。“ロメロのリビング・デッド”という新種は、死体が動くことから旧来の「ゾンビ」の呼称が継承され、現代のモダン・ゾンビになった。

28歳のロメロの傑出は、モダン・ゾンビの発明だけにとどまらない。彼はゾンビという実験作を、発明すると同時に洗練させてしまった。それはロメロが一発屋などではなく、物語の装置としての役割から逆算してゾンビを設計していたからだ。つまりロメロのゾンビは、思いつきではなく数式なのである。

図2:『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』

ゾンビに追われた人々が1つの屋根の下に集結し、バリケードを築いて、長い一夜の襲撃に耐え続ける(図2)。互いに不信感を募らせながら、ときに口論し、ときに協力して。既視感を覚えるプロットなのは、本作の影響力がそれだけ絶大だからだ。『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』は始祖にして王道となった。

およそ90分の中で、観客を飽きさせないように、テンポよく出てくる新情報や新展開は、これが初監督作品とは思えないほど無駄がない、体脂肪率5%未満の映画。最後のニューシネマ的な皮肉の利いたオチも見事。以後、完璧な傑作をいきなり撮ってしまったロメロのゾンビものは、『ゾンビ』(’78)そして『死霊のえじき』(’85)と、王道からの脱却と深化を目指していく。

まったくロメロってやつは!

10/10
(革新性を考慮せず、現在純粋に1つの作品として観ると8/10)

見どころ

  • 全裸ゾンビや子ゾンビなど、バラエティ豊かなゾンビの面々
  • 容赦なく描かれるカニバリズム
  • バーバラの無能っぷり

関連作品

元ネタは『地球最後の男』(’64)。「死者が強制的に復活する」「残った人間が家の中にバリケードを築いてこもる」というアイディアはここから来ている(しかしこの映画では、世界を覆っているのは蘇った吸血鬼である)。愛する者が怪物として復活するのを受け入れられず、結果として襲われてしまうという「人が殺されるのは、怪物によってではなく、自らの執着やエゴによって」という、以後のロメロ作品に共通する考えも登場している。

ロメロ・ゾンビの初期三部作を飾る『ゾンビ』(’78)『死霊のえじき』(’85)も併せて観ておきたい。

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投稿: 2020/07/10 ― 更新: 2020/07/17
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