『ケープ・フィアー』(’91) / 監督、これはヤバイっすよ…

『ケープフィアー』ポスター

ホラー映画という触れ込みで観たらシュールギャグにしか見えなくてびっくりした映画。

刑期を終えた暴行魔・マックスが、自分をまともに弁護しなかった元・担当弁護士のサムを恨んで復讐を開始するという、嫌がらせ・ストーキング系ホラー、あるいはサスペンスに分類される作品である。

図1:「本は持ってかないのか?」「もう全部読んだ」(『ケープ・フィアー』)

チンピラに過ぎなかったはずの暴行魔マックスは、刑務所内での凄まじい読書量により、神話や哲学を自在に引用するほどのインテリと化しており(図1)、かつて頭が悪く都合よく利用されてしまったチンピラが、今度は弁護士一家を知性で愚弄しながら追い詰めていくという、知的逆レイプみたいな構図が特徴となる。そういう点では、FBI捜査官を逆に支配して翻弄する『羊たちの沈黙』(’91)のハンニバル・レクターや、あるいは現実の犯罪者ユナボマーを思わせる。

それはひょっとしてギャグで撮ってるのか?

これだけ聞くと異常犯罪系のスリラーに思える……が、この凶悪犯マックスの演出の仕方が異様にバカっぽい。マックスは出所するやいなや、弁護士一家に不可解な干渉を続けて彼らを怖がらせるのだが、序盤の「これから支払うはずの食事の代金を、なぜかマックスが先に支払っていた」というシーンで「あちらの方が支払いました」の後にデデーン!とマックスのドヤ顔がアップになるのが妙に滑稽で、爆笑(図2)。

図2:「払った?誰が?」「あちらの方です」デデーン!(『ケープ・フィアー』)

そもそも冒頭の少女のモノローグの時点で、なんとも言えないズレた感じがしている。

極めつけはマックスが弁護士の娘に、教師のフリをして話しかける場面である。このシーンの手抜きっぷりといったら、ない。なんと「2人の人物を正面から撮ってセリフを交互にしゃべるだけのカット」が5分間も延々と続く(図3)。しかも掛け合いがチープ。前半でダレていた人はここで寝落ちする可能性大。単調。

図3:2人の人物が5分間同じ構図で交互に喋るだけの、スコセッシ監督の生涯ワーストに入りそうなクソシーン(『ケープ・フィアー』)

か…監督?

並の監督がこんなシーンをかませば、観客は問答無用でトイレに立つだろう。もしかしたら大まで済ましてくるかもしれない。とは言え『タクシー・ドライバー』(’76)での時間の静止した俯瞰ショットや『ドアをノックするのは誰?』(’67)で実験的なカットを多用した信頼のスコセッシ監督なので、ここは一周回って前衛的なのではないかと少し迷ったが、結論としてはやっぱりクソシーンだと思う。

アフォリズム以外は印象に残りにくい『ディパーテッド』(’06)や、叙述トリックばかりに囚われた『シャッター・アイランド』(’09)の気の抜けた感じもそうだが、スコセッシという監督は自分の出自や信念に関わる文学的な作品を撮るときにはギアが上がるものの、大衆向けのメッセージ性の弱い娯楽作品だとベタな凡作を撮ってしまうのではないか。

結局この映画、怖がらせたいのかシュールギャグを演出しているのか判断に困るシーンの連続で、私にとってはコメディ映画にしかならなかった。

満足度:5/10

見どころ

  • デ・ニーロ演じる凶悪犯マックスの手の込んだ嫌がらせ全般
  • 上述した喋るだけのシーン(ダメ過ぎて逆に貴重)

関連作品

同監督のストーカー系ホラーと言えば『キング・オブ・コメディ』(’82)。

『タクシー・ドライバー』(’76)や『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(’12)など、スコセッシ監督作で先に観るべき犯罪系映画は他に沢山ある。

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投稿日時: 2020/07/09 ― 最終更新: 2020/07/10
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