『トータル・リコール』(2012) / リメイク版のエンディング解釈

2020/05/19 ・ 映画 ・ By 秋山俊
『トータル・リコール』

この文章は1990年のオリジナル版『トータル・リコール』の内容も含めて完全ネタバレなので注意。

エンディングについて

この映画は、劇場公開版についてはオリジナル作品と違い、あまり解釈について悩まないと思う。気絶した主人公が目を覚ます祭に、前作へのオマージュとして「君はずっとリコール社で記憶移植を受けていたんだ」と思わせるイメージが出てくるが、直後にそれはトラップで、実際には全て現実だったと思わせる描写で幕を閉じる。

リメイク版『トータル・リコール』は1990年版と違って、もっと分かりやすい娯楽作品になることを意識しており、背景は言語化され、全て説明されている。最も顕著なのが、リコール社で眠りにつく直前の「現実と同じものは偽の記憶に出てこない。現実と混同するから」というセリフだ(図1)。

図1:『トータル・リコール』2012年

リメイク版を夢と解釈しようとしても、このセリフが致命的過ぎて破綻してしまう。ローリーや同僚など、現実の人物が出てきている時点で、エンディングを待たずに、全ては現実であると確定できてしまう。

ディレクターズ・カット版のエンディング解釈

DC版でエンディングに関わるシーンとして追加されているのは、最後の最後にヒロインが「信じられないような出来事だったわね」と言った後に、主人公が思わず移植直前につけられていた腕のマークを確認する場面である(図2)。そしてマークが消失していることに気がつく。

図2:マークが存在しない(『トータル・リコール』2012年)

これは大変ややこしいシーンである。この部分だけ見ると「少なくとも最後の場面は、記憶移植中の夢である」という解釈になりそうだ。ところが直後に、ふと顔を見上げた先に見えるのは現実世界に存在するはずのリコール社の看板なのだ。

先程も述べたように、現実のものは移植記憶の中には出現しない。つまりこの出来事も現実のもので、マークは気絶している間に時間経過で消失したと考えるべきだろう。

結局、DC版であっても「現実オチ」となるが、この追加シーンはややこしいから削除したのは正解であると思う。

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投稿: 2020/05/19
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