『マイノリティ・リポート』(’02) / 未来はディストピアにならない、という予想

『マイノリティ・リポート』2002年, Paramount Pictures

スピルバーグ&トム・クルーズによる、痛快娯楽SFアクション――かと想像するかもしれないが、そうでもなく、原作フィリップ・K・ディック(『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』など)による、精密な未来予想と問題提起を含んだ、かなり「真面目な」SFである。

ポップコーン・ムービーという仮面

あらすじはこうだ。西暦2054年の社会では、未来予知による100%正確な殺人の察知が実現している。これによってアメリカの殺人事件はほぼ0になり、衝動殺人以外は発生しなくなっている、という『デスノート』(’03-06)のような新世界だが、どういうわけか犯罪予防局の刑事ジョン・アンダートン(トム・クルーズ)の殺人が「予知」されてしまう。アンダートンは殺人をするつもりなど全く無いし、そもそも予知された被害者のことなど何も知らない。彼は自らの冤罪を証明するべく、同僚たちの追跡を逃れながら、予知能力者(プリコグ)の脳に保存されている真実のデータ「マイノリティ・リポート(少数報告)」を取り出そうとする。

ストーリーといい世界観といいアクションといい、どれもそつなく、というか巧妙に作られている。伏線やどんでん返しには見事にしてやられるし、トム演じるアンダートンが空気砲ショットガンをクルクル回転させながら国家権力の犬どもをふっ飛ばしていくシーン(図1)は、ワルツのように華麗で「ああぁーん、トム様ー!!」って感じだし、映画としてスキがない。皮肉でなく、本当にお手本的なA級という感じがする。

図1:非殺傷の空気弾を華麗に撃ち出すトム様(『マイノリティ・リポート』)

潔癖症的に小綺麗に作り過ぎていて、逆に脳をガツンと叩く衝撃とかトラウマとか、そういうカリスマ的吸引力がなく、観てから数年後くらいには内容が思い出せなくなるタイプの映画ではあるが、むしろ記憶に残る映画というのはごく一部なので恥ずべき点ではない(劇場が明るくなった瞬間に内容を忘れる映画だって山程あるのだ)。

管理社会という「ユートピア」

しかしこの映画の真価に映画人が気づくのは、しばらく後のことだったのだ。この『マイノリティ・リポート』という作品、近年になってから「未来予言映画」として引用されることが多くなってきた。

本作で描かれる管理社会の基幹をなすのが、街中に張り巡らされた遠隔網膜スキャナーなのだが、これによって個人向けにパーソナライズされた「オススメ商品」を看板が勧めてくるシーンが2度ほどある(音声で「やぁジョン!ストレスが溜まってるなら旅行はいかが」とか言ってくる)。これはGoogle広告に代表されるネット広告そのものだが、それらが普及するのは映画の5年後くらいのことだ。

さらに地下鉄のシーンを観てみると、電車を降りる乗客1人1人をセンサーがチェックしている(図2)。これにより不審者・犯罪者を洗っているだけでなく、個人口座にアクセスして料金を自動で精算し、支払っているものと思われる。つまり彼らにしてみれば、自分の眼球をSuica代わりに「ピッ」しているに過ぎない。

図2:出口に設置された網膜スキャンを自分から受け入れる人々(『マイノリティ・リポート』)

SFで描かれる管理社会は、いつだってどこか「極端」で「危険」なものだった。ところが『マイノリティ・リポート』の社会は「中庸」で、むしろかなり「便利」に思えるのである。そしてこれは、この文章を書いている2020年の現実にかなり重なる。

プライバシーと利便性

誰もがプライバシーは守りたいが、プライバシーと利便性はトレードオフである。例えば閲覧履歴を残さないとYouTubeやNetFlixが的確に「あなたにオススメのコンテンツ」を提示することは難しくなってしまう。こうなると、これらのサービスの利便性は劇的に低下するし(特にYouTubeは10年分くらい退化する)、無関係な広告ばかり流されるのは視聴者にとっても好ましくない。「民主主義の発達した社会では、プライバシーは利便性を得るための通貨として、協調的に流通する」――この映画からはそんな思想を感じる。

それは物語の中核となる、予知による犯罪予防システムにも見られる。このシステムは恐らく、AIによるビッグデータ活用で作られる市民監視システムのようなもののメタファーとして描かれており(図3)、その予測が十分妥当なものであったことは、スノーデン事件や近年の中国の管理社会化を見れば瞭然である。

図3:当事者に同化してそのイメージを見る予言者・プリコグ(『マイノリティ・リポート』)

犯罪者は犯罪を犯す前に逮捕される。ならば犯罪自体は発生しておらず、罪を犯すはずだった未来の「加害者」は無罪を主張する。未来が書き換えられた以上、「加害者」の有罪性は形而上のものであり、その予測の妥当性もプリコグという予言者の脳内、つまりブラックボックスに閉じ込められており、誰も確認できない。にも関わらず、その予測の的中率が過去100%だったという理由で、「加害者」は有罪とされる。因果関係が逆転しているので循環論法になっており、ある種のプライバシーの侵害は間違いなく発生している。

物語は結局、このような強力な犯罪防止システムを危険なものだとして封印する方向に動く。しかしこのシステム、現実にもし実現できれば(無理だけど)私はむしろ稼働を支持するかもしれない。というのも、凶悪犯罪を事前に察知できる抑止力で、犯罪を激減できるという魅力が強すぎるからだ。あとはプリコグの後継者を生み出せる体制を作れば、引退後のプリコグはむしろ超高給の名誉市民として余生を送れるようになるだろう。市民の側としても「犯罪を本当に実行するつもりでいると、未来を覗かれる」というのは、差し出すのに妥当なプライバシーの取引に思える。

全体としては、『マイノリティ・リポート』は、民主主義社会におけるテクノロジーの未来像を、極度に悲観的にならずに描いている、まともな未来考証SFと言えそうだ。20世紀に流行ったディストピア的な世界観は、やはりソ連のような独裁的な国家から連想されるところが大きいのだろう。実際、中国共産党はテクノロジーをもっぱら支配の手段として使っており、昔のSFで描かれていたようなディストピアに到達しつつある。一方、民主主義社会とテクノロジーの進歩の先は、全てが共有される全裸社会に違いない(嘘書きました)。

最初に「小綺麗に作り過ぎ」「内容忘れそう」と書いたが、再鑑賞してみると、スピルバーグ的な童話性と、トム・クルーズ的な青年っぽさがミックスされた結果として、『ブレードランナー』的殺伐感に『ジュラシック・パーク』的なワクワク感が添加されてしまっているのが原因なのかなと感じた。ジェットパックつけた警官ともつれて、コメディっぽく食卓を荒らし回るシーンとかね。もうちょっとシリアスに作っても良かったんじゃないかな。評価:7/10

こんな人にオススメ

  • トム様命♡な人
  • 脚本に予想を裏切られてソファーでどんでん返りたい人
  • 現実的な予測に基づいた、よりリアルな近未来SFが観たい人

見どころ

  • 「盲人の世界では、片目でも見えれば…王だ!」
  • Amazonの倉庫並に最適化された未来の自動運転
  • 電脳空間でのVRヨイショ

関連・類似作品など

原作者のフィリップ・k・ディック繋がりで言えば、『ブレードランナー』(’82)『トータル・リコール』(’90)が挙げられる。

未来を予見しているテクノロジー重視のSFとしては、アクション映画ではないが、AIと恋人関係になる主人公を描いたホアキン・フェニックス主演の『her / 世界に1つの彼女』(’13)も面白い。未来に存在するであろうテクノロジーが自然に描かれているのもポイント。他には一般的な評価は低いものの、人間とAI・機械が融合した際に起こる進化を描いた『トランセンデンス』(’14)も個人的には好きな作品。ジョニー・デップ主演。

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投稿日時: 2020/05/07 ― 最終更新: 2020/05/09
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