
※:本記事中の画像はUltraHD BD (以下UHD BD)キャプチャではなく、直撮りなのでSDR画像である
池袋グランドシネマサンシャインでIMAX鑑賞して以来、ずっと待っていた『アド・アストラ』の北米盤UltraHD Blu-ray (UHD BD)が到着した。Amazon.comで$29.99で購入。送料込みでおよそ3,900円ほど。日本語盤発売に先駆けて日本語収録済み。
まずは軽く画と音をレビューしよう。
画質――クローズアップを中心に
35mmネガフィルムからのネイティブ4K。容量は片面二層66GBで必要十分、どのシーンも40-60Mbps付近で安定する。
画質は上々であり、UHD BDの品質云々の前に、撮影そのものが素晴らしい。
特に月面のカーチェイスシーンで視点がパッと鳥瞰になるシーンなど、眼を見張るような迫力で、大画面であるほど圧倒される。この月のシーンは、実際の月面の映像を合成しながら作ったものであり「はじめて月面でロケした映画と言えるかもしれない」と監督はコメントしている。これは1969年の月面着陸前に撮られた『2001年宇宙の旅』(’68)でキューブリックが達成できなかったことである。
ジェームズ・グレイはアナログ好みの監督なので、全体としてフィルムグレインが強く、やや気になる。近年のS/N比の高い、デジタルのクリアな質感とは異なる。

フィルム撮影 + 宇宙ということで、ノーランの『インターステラー』(’14)を引き合いに出したくなるが、『アド・アストラ』は閉鎖空間における孤独を描いているため、人物のクローズアップが大変多く、印象は大きく異る(図1)。
人物の肌の質感やディテール、そして暗黒の虚無と、そこに浮かび上がる星々の煌めきとの鮮やかなコントラストを観つつ、やはりUHD BDで良かったと思うことしきりだ。
私にとって惜しかったのは、視聴環境がプロジェクター使用なので、宇宙の黒が真実の黒にならなかったことくらいである。
しかしプロジェクターは宇宙映画には不向きだ。何故かというと、黒が十分に黒くない。虚空でも真っ暗になることがない。ドルビーシネマなら完全に暗転するんだけど— 秋山 俊 / 文客堂 (@BunkakuNet) December 29, 2019
音質――静謐なる虚空
Dolby Atmos対応。
正直、『アド・アストラ』の音響について書こうとしても困ってしまう。本作はひたすら静かな映画だからだ。音的にリッチな作りは序盤のブラピが落下する場面での縦方向の音の使い方や、ロケットの発射や一部爆発で、突如として静寂が破られるシーンくらいである。
そういうわけで本作は「無音という音」を味わう映画であり、スピーカーの沈黙の間に流れるブラピのモノローグに耳を立て、瞑想的な沈み込みを体験する作品である。

IMAX劇場で観たときは、月面のカーチェイス(図2)で爆発が起きたときの、空気が一瞬で圧縮されるような歪んだ音が魅力的だと思ったが、私のホームシアター環境ではこれが十分に再現できなかった。これが実に悔しかった。
なお吹き替えも少し聴いてみたが、主要人物以外の演技が酷い上にDTSのロッシー音声のみなのでおすすめしない。
ジェームズ・グレイ監督のコメンタリー
監督のコメンタリーが良かった、という話はTwitterに書いた。
『アド・アストラ』UHD BDに収録されたコメンタリーがかなり素晴らしい。単なる楽屋話や出演者の飲み会的コメンタリーは興ざめだが、この監督は思想や哲学を語っていて、まるで本を読んでいるよう— 秋山 俊 / 文客堂 (@BunkakuNet) December 29, 2019
『アド・アストラ』は正直、全体として説明過少な感じがあり、これが本作が賛否両論となっている最大の要因と言える。コメンタリーを聴く限り、恐らくジェームズ・グレイ監督(図3)は芸術的な作風であり、あまり多く語ることを好まないのだろう。

だがコメンタリーでは非常に饒舌で、引用を交えながら作品の裏にある哲学をかなり詳しく語っている。
例えば以下のような解説だ。これはたった30秒程度で解説される。
本作の宇宙飛行士たちは、生きるために宇宙服を着ている。ある意味、宇宙服は個人的な宇宙船であり、すべてが実用的だ。色や形も実用に適しているし、MMUと呼ばれるジェットパックもそう言える。完全に実用的な装備だ。だから何の妨害もなく、自分の内なる葛藤とだけ向き合うことになる。
『アド・アストラ』コメンタリーより
宇宙では食事も衣類もすべて選ばれている。残るのは宇宙空間だけだ。悪くもなく、良くもなく、何でもないもの。まさにそれが残酷なんだ。つまり地球と切り離され、孤独を強いられる。日常的な煩わしさの欠如が、自分自身との対話を余儀なくさせるんだ。
うん、実に長い。そして思索的だ。「まるで本を読んでいるかのよう」という私の感想が分かってもらえると思う。こういった解説がかなりのハイペースで繰り広げられる。
それはあたかも、撮影現場という小宇宙に閉じ込められてきた孤独な男が、外界の地球人に会って話したいことをまくし立てているかのようである。作中のロイも、宇宙から帰ってきたあとは少しは饒舌になっていたに違いない。
ゴダールも映画を通して言っていただろう。
たしかに俺は話し過ぎだ。孤独な男はしゃべりすぎる
――ベルモンド
『気狂いピエロ』より
おすすめのコメンタリー箇所は以下。本作の説明不足な部分に関し、ある程度の納得が得られるだろう。
- 冒頭の「エイリアンが存在しない設定のSF」についてのくだり
- 月面でのカーチェイス直前からの、この世界における月での条約や資源争奪戦についての設定の語り
- 宇宙の実験猿と遭遇するシーンの説明
- ロイと父親の再会~エンディングまで
総評
『アド・アストラ』は映像がかなり芸術的でスケール感のある仕上がりなので、そのクオリティを最大まで引き上げるにはUHD BD盤を買うのが正解だ。
映像:8/10
音響:7/10