『死霊のしたたり』1985年

ハッキリ言って『ZOMBIO/死霊のしたたり』は、一般映画として上映/鑑賞するには相当ヤバいキワモノであると思う。なぜかというと、この作品はグロもエロも、あらゆる演出が極めて「ポルノ的」なのである。それも『家畜人ヤプー』のような、変態的な妄想ポルノ。そこが一般的なホラー作品と決定的に異なる。

監督の妄想全開

「脳死判定された死者をも蘇生させてしまう血清を開発したマッド・サイエンティストの主人公が、周囲の人間を次々に蘇生させてしまうホラー・コメディ」(図1)。これだけならよくある話。ただ『死霊のしたたり』では、一度は完全に死亡して「モノ」と化した人間たちを無理やり蘇生させて、その人格を破壊した上で、あたかも蘇生者が「ファーザー」になってしまうような倒錯の支配欲が、実に生々しく表現されている。この支配の仕方が、まずポルノ的。

図1:『死霊のしたたり』

死者として蘇生され支配される相手も、赤の他人やその辺の悪党ではなく、自分の直接の指導者や恋人の父親であったりする(図2)。

それまで散々、普通の青春ドラマみたいな展開を描いた上で、いきなりその人間関係を壊して、知り合いをオモチャにしてしまうのである。それまで社会的に高い地位にあった父親が、愛娘を全裸にして鎖でつなぎ、新たな「主人」に献上するといった近親相姦的なタブーが平然と描かれる。Unrated Versionではモザイクもかからず、上も下もスッポンポンである。

図2:『死霊のしたたり』

こういうのは、いかにも人々が脳内でこっそり妄想していそうなポルノであり、そういう妄想的な性欲開放は通常、AVとかエロ同人といったアダルトの世界で隔離して行われる。

隔離された世界は、日常から切り離された匿名空間であり、一種の「ごっこ遊び」みたいなものだから「よくこんな脳内妄想を形にしてしまうな」と感心するような変態描写が、ここぞとばかりに盛り込まれるし、それに対して「人道にもとる!」とか真剣に抗議する人はいない。アダルトという匿名空間として隔離することで「これは“お遊び”ですよ」という言い訳が成り立つのである。

『死霊のしたたり』のヤバさというのは、この匿名空間特有の変態描写を日常空間に持ち込んでしまったことなのである。日常空間に持ち込まれると、それは「ごっこ遊び」ではなくマジな描写、1つの真剣な提案になってしまう。

だからこの映画の危険性は、ポルノ映画ではなく一般映画として上記の内容を描写してしまったことにあるのであって、これがもし18禁指定のポルノ映画として作られていたら、それはただの1つの作品として消費されるに過ぎなかったのではないか。ところが監督は大衆の面前で、平然と己のマスターベーションを開帳してしまったのである(図3。まあ、元ネタはラヴクラフトだけど)。

図3:この後、脳死教授の変態性欲が全開に(『死霊のしたたり』)

例えば文学の世界でも、サディズムの語源として知られるサド伯爵の作品のヤバさというのは、変態性欲や悪徳礼賛といった内容を、文学作品として正面から世に流通させてしまったことにあるのであって、もしあれがただのエロ同人だったら何のインパクトもないわけだ(なおサドの代表作『悪徳の栄え』は、日本では一度発禁処分を受けている)。

スチュアート・ゴードン監督が、他の「ヤバい」監督たちと一線を画するのは、まさにこの点である(彼は映画監督デビュー前から相当ヤバいことを繰り返している)。

過激な残酷表現やエロ表現を得意とする監督は他にも沢山いる。ただ他の監督のそれは「過剰」であるに過ぎない。それは普通の映画だと斬ったフリだけで済ますところを、特殊メイクとかで本当に人体が切断されているように見せ、血を大量に流してみせるといった「過剰」であって、それはあくまで既存の演出のオーバードーズなのである。

一方でスチュアート・ゴードンの『死霊のしたたり』における演出は、「過剰」ではなく「越境」してしまうヤバさ。本来であればポルノの匿名空間で堪能されるようなタブーを日常空間に持ち込んできてしまっている。そういう意味で、この作品はホラーとポルノの融合であるとも言えるかもしれない。

蛇足:主人公がカッコ良すぎる

この映画をヒットに導いた要因の1つとして、主役のハーバートを演じた若きジェフリー・コムズの怪演が挙げられる(図4)。

図4:狂気の眼力を80分持続させるジェフリー・コムズ(『死霊のしたたり』)

彼の常に目をひん剥いているかのような、圧倒的にして不動の眼力を見てほしい。鋭敏なる脳髄に漲る若き医学への情熱を、脳死患者のアニメイト・デッドという倫理的に完璧にアウトな方向へ迷わず注ぎ込んで猛進する様には「常識を超えずして何が科学か」との矜持すら感じる。

いまどき、老人のマッド・サイエンティストがビーカー片手に「ウシャシャシャシャ」とかキモい笑い声を響かせていても、ちっとも嬉しくないのである。若さゆえの傲慢と傲りをまとった狂気の疾走。マッド・サイエンティストかくあるべし。

ブルーレイ 海外盤 レビュー

映像:AVC / 35mmネガフィルム / 1.78:1
音声:LPCM 1.0ch/2.0ch or DTS-HD Master Audio 5.1ch
言語:英語字幕あり、日本語なし、英語難度は低
備考:2層 50GB / 86分 + エクステンデッド + 削除シーン / リージョンフリー

このブルーレイは大当たり!お手頃価格にも関わらず、充実したコンテンツとクオリティがディスクに刻まれている。Amazon.comから送料込みで2,200円ほどで購入。

さて、本作には未審査版のUnrated Versionと、削除シーンを本編に統合したIntegral Versionが存在する。このArrow Video盤ではまず初期のコレクターズエディションで、その両バージョンを収録したディスク2枚組として販売された。そしてその後、削除シーンを特典にのみ収録した、Unrated Versionのみの廉価盤が出たようである。私が購入したのは後者である。

映像は4Kレストア。フィルムグレインが強いものの、80年代のカルトムービーとしては上質な部類で、目立つゴミや傷みは確認できない。昔ながらのフィルムを観ているレトロ感を味わえる、味のある映像である。

音声はモノ、ステレオ、サラウンドの3バージョンが収録され、いずれもロスレス。ただしサラウンドといっても「若干音に広がりが出るかな」という程度で、ほとんどセンタースピーカーからのみ音が出るモノラルに近い。まあメインテーマの他にはもっぱら会話ばかりが流れる映画なので、あまり気にならないだろう。

特典は非常に豊富で、インタビュー、BGMのみ音声として流すモード、そして追加シーンなど多様なコンテンツを含んでいる。 エクステンデッドシーンと削除シーンを本編とシームレスに繋ぐことはできず、また映像品質が悪くてドルデジ音声のみ(字幕なし)であるものの、取り敢えず視聴できるので「インテグラル版の内容が気になる」という欲求不満は解消される。

恒例のリバーシブルカバー仕様。どちらもカッコいい

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投稿日時: 2019/10/19
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