子供の時からとにかく「『大脱走』は傑作だ」という情報だけは何度も耳に挟んでいた。耳に挟んだだけで、不思議と洋画劇場などで実際に視聴する機会にはなかなか恵まれなかったのだが、『大脱走』は何しろタイトルからしてとんでもない娯楽作であることが確定的だと勝手に思い込んでいたので、いつかお目にかかるだろうと気長に待っていた。

それで10代の終わりくらいにようやくTVで観れたのだが、驚いた。

“大”脱走という邦題ばかり頭にあったから、てっきり脱走計画が盛大に実行されて、捕虜たちが軍隊アリのようにキャンプから怒涛の勢いで這い出していき、それを大慌ててで止めようとするナチス野郎が「き、きさまら、止まらんかぁー!」とか虚しく遠吠えする姿にお尻ペンペンして幕を閉じる、痛快なる連合軍バンザイ映画だと勝手に決めつけていたのだが、実はそういう映画ではなかったのである。

反骨精神とユーモア

まあどういうストーリーかは実際に観ていただくとして、『大脱走』は連合軍の勝利ではなく、不屈のユーモアを描いた作品である。あるいは勇猛なる捕虜たちが必ず勝利することよりも、むしろ決して敗けないことを描いた作品である。

主人公らはどんな状況にあって、脱走の意思と反骨精神を忘れない(図1)。

「何をしているんだ?」
「何度言わせる。針金を切って逃げるところさ」

『大脱走』1963年
図1:『大脱走』1963年

戦争映画という区分とは裏腹に、本作を痛快なユーモア作品に仕立てている立役者として、映画の中で通奏される「大脱走のマーチ」がある。このコントっぽい感じの曲が常にBGMとして流れているおかげで、劇中で結構人が死んだり悲惨なシーンもあるのだが(一応史実に基づいているので)、映画からは陰鬱な雰囲気とか絶望感とかが取り除かれている。むしろこれから実行される、脱走という「悪巧み」がどのような結果になるかに、常にワクワクさせられる。

『大脱走』の象徴的なアイテムと言えば、マックイーン演じる主人公が独房の中で投げる野球ボールだろう。彼が計画を思案するとき、思想家が部屋の中を歩き回って考え事をするように、必ずボールを独房の壁に反射させて1人キャッチボールを始めるのである(図2)。

図2:『大脱走』1963年

彼が脱走を企てて失敗するたびに、独房の中でこのボールが壁を打つ音が獄中に響き渡る。刑罰の場に放り込まれた途端に「さぁて、次はどうやって脱走するかな」と高らかに宣戦布告しているのである。

主人公は言わば「究極の悪ガキ」であり、彼にあっては逆境も、自分自身の豪傑ぶりを発揮するための舞台に過ぎないのかも知れない。

仮に明日がなくとも

精神科医フロイトの考えるユーモアの例として「月曜日の死刑囚」の話がある。

ジークムント・フロイト

これは月曜日に絞首台に上がる直前の死刑囚が、何かのサインを見つけて「ふん、今週はツキが回ってきそうだぜ」と吐いてみせたというエピソードである。フロイト曰く、これこそが真のユーモアなのだという。つまり絶望を前にしても、その絶望の上でゴロリと寝転んで昼寝を始め、己の精神を保つのである。ユーモアとは何もない日常でくだらない冗談を言うことではなく、非日常の中でとぼけて見せることで、自分を強引に取り返すことなのだ。

絶望を跳ね返すのは、ユーモアである。だから絶望的な状況の中で何度も不屈の意思を見せる主人公は、ユーモアの塊なのである。

ブルーレイ 日本盤 レビュー

映像:AVC / 35mmネガ / 2.35:1
音声:DTS-HD Master Audio 5.1ch – 24bit (日本語は同1.0ch)
言語:英語と日本語字幕あり / 英語難度は中
備考:2層 50GB / 173分

国内盤を1,000円ほどで購入。

映像は終始ボヤけた感じで、DVDとブルーレイの中間くらいのクオリティである。長尺なので平均ビットレートも低く、15-22Mbpsあたりをウロウロしている。場面ごとの品質の差も著しい。レストアは丁寧に行われているが、たまにゴミや縦線が見えることがある。字幕が綺麗に映るのはDVDからの大きな進歩だが……

音質も5.1chリミックスされているものの、ほとんどセンタースピーカーしか鳴らないので、素直にモノラルとしてマルチチャンネル再生した方がいいかもしれない。「大脱走のマーチ」を始めとする音楽のクオリティは高い。

とにかく全体的に「古いフィルムを観ている」という印象が強いブルーレイ。

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投稿日時: 2019/10/09 ― 最終更新: 2019/10/10
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