スピルバーグの『激突!』というやつは、同71年の『わらの犬』と描いている内容が同じで、そこに共通するテーマは「男性の強さを取り戻すこと」なのである。この二作品が同じ年に公開されたのも全くの偶然ではないと信じている。

『激突!』は、営業マンの主人公が仕事で荒野を走っていたら、謎の大型トラックを追い越したことが原因で執拗なあおり運転を受けるようになり、次第に相手がただの短気な運転手ではないことが分かってくる、というあらすじである(図1)。命を落としかねない攻撃に耐えかねた主人公は、最後に相手の運転手と「決闘」することを決意する(原題は”Duel” = 決闘の意)。

図1:『激突!』Universal Pictures, 1971年

ここで「文明によって去勢された男の、雄(オス)としての覚醒」というモチーフに着目すると、これは『わらの犬』(図2)とそっくりな構図ではないか、と気付く。どちらの作品も抽象的に言えば「文明社会に浸かって雄性を喪失していた優男が、田舎で雄のまま生きている野蛮人から執拗な攻撃を受け、最後の最後で自身の中に眠る暴力性を開放し、逆襲する」という感じにまとめられる。

図2:『わらの犬』1971年

両作品が71年に生まれた必然性として、恐らく60年代後半から始まったウーマンリブ(今で言うフェミニズム)運動の影響があるだろう。「男性化する女性、女性化する男性」をモチーフにした物語は『わらの犬』のダスティン・ホフマンが演じた『クレイマー、クレイマー』(’79)で一層先鋭化し、この物語ではついに元夫の収入を超えた元妻が、子供の養育権を奪い取ってしまう。

これらの作品に共通するメッセージは「軟弱化した男たちよ、自分が雄であることを思い出せ!」である。

男が雄でいられなくなった時代

『激突!』では、現代の男たちが「雌化」していることが繰り返し暗示されている。

まず冒頭の何気ないラジオの内容は「専業主夫化した夫は果たして世帯主と言えるのか」というトークである(図3)。続いてのガソリンスタンドでも「ボスはあんただ」という台詞に対し「家では違うがね」と主人公が応える。そうして我が家に電話をかけると、奥さんに昨晩男として不甲斐なかったことをなじられる。路上で出会った子供たちには舐められる。

図3:『激突!』

このように極めて弱々しく描かれる主人公のコンパクトカーに、ブーツを履いたウェスタン風の運転手が大型トラックで激突!してくるのである。相手側は肉体から乗り物まで雄的象徴のカタマリ、全身総チンポとでも呼ぶべき出で立ちである。ここで軟弱な文明の雄 vs. 荒野の雄という構図がハッキリする。

雄性というのは文明社会に埋没していると失われてしまう。何故なら雄の雄たる強度の証は「野蛮」と一体だから。つまり逃げ回る獲物を槍で突き刺し、ライバルの雄を殴って女を手に入れ、ここはオレのナワバリと高らかに吠えることである。それは「優しさの時代」などという現代的イズムとは根本的に相容れない。

一方、雌の雌性は文明社会にあっても簡単には喪失しない。何故なら雌は、自分の肉体で子供を育むことができるから。どんなに外部の端末が高度化したところで、雌は己の肉体的な部分に雌性の根源を持つ点で、雄と決定的に異なる。雌は常に肉体によって自分が雌であることを思い出せるが、雄は文明にあっては自分が雄であることを見失ってしまう。

こうして雄性を喪失していき、雌化が進む都会の雄に対して、いわゆる野蛮人というのはまだ雄性を維持しているのである。だから他の雄に対して、彼らは何ら経済的な理由がなくとも攻撃を開始する。愛想笑いでかわそうとする都会の雄には、自分が攻撃される理由が分からない。攻撃とは経済的な競争、紙幣の争奪の手段だと信じているからである。

ところが野蛮人は、紙幣ではなく、猿山のより高いところで吠える権利を巡って攻撃を仕掛けているのである。すなわち「オレの方が強い雄だ!」と咆哮する権利の争奪戦である。そこでは野生の経済が働いている。

スピルバーグと、男子の成長物語

『激突!』も『わらの犬』も、こうして雄性を維持している野蛮人に、軟弱な文明人がいじめられ続け、ついに彼の中に秘めていた雄性を爆発させるところにカタルシスがある。観客、つまりTVの前に座る大多数の都会的雄たちは、そこに感情移入して盛り上がるのである。だから逆に、この作品を元からのマッチョや生粋の女子が観て面白いのか、とも疑問に思う。平たく言えば、これはいじめられっ子の革命物語だから(図4)。

図4:『激突!』

スピルバーグが撮る物語というのは、そういう特徴を持っている。男子が成長する過程を描くことで物語が成立する。最後の決闘で優男の象徴的なアイテムであるメガネを捨てて、二度とつけないのはそういうこと。この成長のモチーフは『ジョーズ』も同じである。

考えるほどに『ジョーズ』は『激突!』の精神的後継作である。日常から非日常への突入、見えない敵の恐怖、戦いの場に引きずり込まれた主人公の決闘。不気味な車体に恐ろしいエンジン音をまとわせ迫ってくる大型トラックの姿はモンスターの隠喩であり、これが『ジョーズ』の原型であるというのは有名な話(図5)。

図5:『激突!』

『ジョーズ』が本作の15倍以上の予算をかけて作られた、起伏に富んだ大作エンターテイメントだったのに比べると小品感があるが、それでもサスペンスと低予算映画のお手本的作品であることは間違いない。

ブルーレイ 日本盤 レビュー

映像:AVC / 35mmネガ / 1.85:1
音声:DTS-HD Master Audio 5.1ch (英語以外はDTS 5.1ch)
言語:日本語をはじめ各国の字幕と吹き替えあり / 英語難度は低
備考:2層 50GB / 90分 / 元のTV版は1.33:1で74分

ホームシアターをこしらえてから大画面で観直して思ったのが「『激突!』はこれほどまでに迫力ある作品だったのか!」ということ。元がTV映画用に撮影されたものだが、カーチェイスがメインの作品だけに、大画面・大音量であるほど映えるのは間違いない。スクリーンいっぱいに映し出される殺人トラックの迫力は圧巻。

低予算でありながら、様々なアングルをつないで編集しているので視覚的に飽きさせず、特に低いアングルから疾走する車を映しているシーンは迫力満点。観ていて思ったのが、これはビデオゲーム『グランツーリスモ』などのリプレイアングルを先取りしているということ。

スピルバーグ作品だけあり、丁寧にレストアとリミックスが行われており好待遇。サラウンド効果はそれほどでもなく3.1chに近いが、元のモノラルサウンドはよく分離して割り振られており、特に貨物列車が通過するシーンでは音に移動感がある。映像も不要な傷やゴミは見当たらず、時代相応に粗いもののこれが限界と思われる品質でありビットレートも高い。言語仕様も豪華である。不満はアスペクト比 1.33:1は未収録なことくらい(トリミング仕様)。これは良いブルーレイ。国内で1,000円ほどで購入。

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投稿日時: 2019/10/07 ― 最終更新: 2019/10/10
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