ガン・アクション映画の世界で、二丁拳銃を撃ちつつ大回転、狂犬さながらに飛んだり跳ねたり、リロードも無視して「我は人間火薬庫」と戦い続けるスタイルに明確な陰りが見えたのは『ミッション・インポッシブル 2』の頃ではないだろうか。スローモーションで映し出されるスターの力み顔を見つめる観客の冷ややかな視線。映画館を出た女性の「あたし、そろそろ“ジョン・ウーが好きな女”は卒業しようと思うの」というつぶやき。それでも白い鳩を飛ばし続ける監督の哀しき背中よ。

いわゆるジョン・ウー的な「ガン・フー(= ガン + カンフー)」アクションの致命的な問題点は、自らが虚構であることを盛大に暴露してしまう点にあった。端的に言えば嘘くさい。それがアクションとして目新しかった頃は「すげぇ!」と絶賛されたのだが、同一のスタイルが繰り返され、新作すら過去作品のセルフオマージュと化し始めたとき、観客の反応は「だせぇ!」に変わったのである。

そう考えるとキアヌ・リーブス主演の『マトリックス』というやつは良くできていた(図1)。あれは物語世界がそもそも虚構であることを前提にしていたから、アクションが虚構性を帯びていても何の問題もなかった。むしろ仮想現実空間への理解を深めて、いかに非現実的な領域へとアクセスできるかに戦いの眼目が置かれていたのだから、アクションが現実離れするほど、それは主人公の認識能力が深まっていることを意味していた。

図1:『マトリックス』Warner Bros., 1999年

このようにキアヌ・リーブスは、ガン・アクション映画の新たなスターとして20世紀を締めくくったので、その彼が『ジョン・ウィック』でガン・フーの新境地を開拓することは意義深い。この映画はキアヌ・リーブスが演じることによって特別な意味を帯びる(なお本シリーズの監督は『マトリックス』でのキアヌのスタントマンである)。

ジョン・ウィックにおけるガン・フー

『ジョン・ウィック』の戦闘シーンで特徴的な部分は3つある。「銃を両手で扱うこと」「アクションの途中で弾が切れること」、そして「寝技・投げ技を多用すること」である(図2)。

図2:『ジョン・ウィック』2014年

いずれも当たり前のことでありながら、派手なアクション映画の世界では省略されていた現実である。

例えばスパイ映画で敵と鉢合わせるシーンがあるが、みんな悠長にボクシングを始める。ところがジョン・ウィックはすかさず投げて地面に叩きつける。投げるといっても、ウルトラマンが怪獣を投げ飛ばすみたいな気合投げではなく、柔道や合気っぽい感じで相手を回転させる。これがスクリーン上でちゃんと映える。他にも弾が切れる部分では、それを逆用して臨機応変に対応して見せるなど、地に足のついたアクションでも映像的に貧弱にならないように工夫を凝らしている。

このように、過去のガン・フーは作り込まれた厚塗りの演出と予定調和をウリにしたが、『ジョン・ウィック』のガン・フーは現場の臨機応変と武術的な美しさを基調とする。過剰化してきた演出への反動としての、よりリアルなガン・アクションと物語の融合こそが、本作の特徴である。

もう1つ本作の特徴を挙げれば「スーツとドリフト」になるだろう。『マトリックス』と同じで、スーツを着た人間が華麗に立ち回る、都会的洗練と暴力性のクロスオーバーがカッコいいのである。その点で本作は『マトリックス』を受け継いでいると言えるだろう。

UHD BD 北米盤レビュー

ビジュアル:Native 4K / HDR10 / 2.40:1
オーディオ:Dolby Atmos
備考:日本語なし / 片面2層66GB

ビジュアル・オーディオ共に、極めて高品質でS/N比に優れた現代的な作りである。『ジョン・ウィック』は、暖炉の近くでワインを飲むシーンや、夜のNYCを上空から映すショットなどコントラストを強調した場面が多く、HDRがその威力を存分に発揮する。派手さはないが実に美しい。また続編が2Kマスターであるのに対し、本作は4Kマスターという特徴を持つ。

オーディオ面では、銃撃戦に派手さはないが、クラブでの戦いなど、サラウンドを活かした空間的な広がりが感じられる場でのアクションが繰り広げられる。厚みのあるサウンドで全体的にリッチな感じが漂う。

本作のような視覚的な美しさに拘ったスタイリッシュ・ガンアクションは、できる限り良い視聴環境を確保して観るのが望ましい。安価な配信サービスの低ビットレート映像では魅力が半減してしまうだろう。これはディスク買おう。

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投稿日時: 2019/09/22 ― 最終更新: 2019/10/10
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