『シン・ゴジラ』東宝, 2016年

UHD BDを購入してまで『シン・ゴジラ』(’16)をしばしば観返すが、石原さとみが何を喋ったのかほとんど記憶していない。何故なら私はあの、映画の世界にやぶから棒に突入してくるヘンテコ大使を、アブナイ人のように早送りで避け続けているからだ。

私は、どういう事情があってあのような素っ頓狂なキャラクターがスクリーンを跋扈することになったのか、その理由は知らない。しかし私にとって確たる事実は、彼女こそは『シン・ゴジラ』の真の破壊神であり、ゴジラが東京を火の海に変えて破壊し尽くす裏で、彼女は映画そのものを破壊しているということである。

ほら、またあのシーンである。ヤツが来る。私はもうその5秒前にはリモコンを手にとって、空耳に聞く「ノン・ストップ・バス」の如く、止まるべき場所を猛スピードで駆け抜け、石原さとみを置き去りにする。

誤解してはいけない。『シン・ゴジラ』は、傑作である。そしてなんたらパタースンは、この映画の唯一の汚点である。私は、『シン・ゴジラ』を、守る。守るために、英語の場面だけは猛然と通り過ぎる。友人が我が家へ鑑賞に来た際も、いらないシーンだけは飛ばして、代わりに私が熱弁を奮うシンゴジ補完計画。

またカヨコなんとかが画面に侵入しかけたので、危うく早送りする。

実のところ、石原さとみは『シン・ゴジラ』に出演などしていない。彼女が出演しているのは、映画の合間に挿入される、彼女という化粧品のコマーシャルの方である。カヨコなんとかがこのシリアスな映画で醸し出す強烈な場違い感――あたかも芸能リポートの画面からG20の現場へ躍り出たかのような――は、それでしか説明できない。

迫りくるAEONの気配を感じ取ったので再び早送り。それにしても鑑賞者がいちいち自分でこのCMをスキップしなければならないのは不可解だ。私はお金を出してソフトを買ったのだから、このコマーシャルのスキップ機能があって然るべきだと思う。

不要なシーンを早送りし続けていたら、最後のダイアログが妙に短い。東京駅の頭上で、今まさに開かれんとする地獄の門のようなものを映して幕。良い映画だった。

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投稿日時: 2019/07/16 ― 最終更新: 2019/08/13
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