『ゼイリブ』はメディアによるメディアの自己破壊だ

『ゼイリブ』は20世紀に訪れた大量消費社会への皮肉を、ジョン・カーペンター得意のB級テイストで彩った作品と理解されている。

映画の冒頭では、繰り返しテレビから「消費社会に同質化・埋没することの陶酔」を謳うメッセージが発せられ、人々はどこか虚ろな、無気力な様子でそれを受信している。ところが主人公のナダが偶然、反社会勢力の製造した特殊なサングラスを身につけると、フィルター越しには一部の人間たちが醜いエイリアンとして見える。TVの司会者ももちろんエイリアンで「良い世の中になってきている」と演説する。さらに街中の文字という文字に「従え」「考えるな」「テレビを見ろ」といったサブリミナル・メッセージが埋め込まれていることを発見し、世界が静かに侵略されている事実を知る(図1)。

図1:Obey(従え)のメッセージを背景に演説するエイリアン

現実にはエイリアンがいなくとも(いるかもしれないが)、テレビ・新聞・巨大企業などのメディアの支配者たちが見出した最大の発明の1つが「刷り込み」による大衆の操作であることは論を俟たない。

マクドナルドは魅力的なキャラクターで子供たちを引き寄せ、独特の調味料の味を覚えさせて将来の優良顧客を量産した。煙草会社は二枚目俳優にガンガン喫煙させ、スターに憧れる青少年たちの肺を黒煙で覆い尽くした上でニコチン依存症にした。セレブたちは貴族に代わり「庶民が夢見る生活の最上位形態」を体現し、テレビスターこそが最大の勝ち組であると嘯いた。20世紀は実に、マスメディアによる大衆操作が世界を完全支配した時代だったのである。

劇中でも、陶酔しきった女性がTVで次のように話す。

時々 TVを見ていると我を忘れて
自分がスターか司会者になった気がするの
はなやかな活躍がニュースで報道されたり
すっかり有名人になって
みんなから注目され愛されて
決して年をとらないし死ぬこともないの

カーペンターはこのような、マスメディアが自由自在に人々の認識を書き換えている社会を、実に「安っぽくて馬鹿げた」トンデモ陰謀論に載せてスクリーンで告発し、ジョークとシリアスの狭間で虚実皮膜の上質エンターテイメントに仕立てたのである。この映画の細部に着目して「素人の男が1人で次々に警官隊を倒せるはずがない」などと批判したところで意味がない。チープさは警鐘が「生真面目」になり過ぎないための調味料であり、確信的な演出であり、むしろB級映画の巨匠にとって「安っぽい」ほど上等な賛辞はない。カーペンターはAmazonの星3レビューを、満面の笑みで迎え入れるだろう。そういう意味での本作の見所は、物語中盤の無駄に白熱する謎のストリートファイトである。

それにしても、スターを祭り上げて偶像にする映画というメディアが「メディアによる支配」を告発するのは、自虐的というより自己破壊的だ。映画を媒介したメディア批判は、この後『ファイトクラブ』そして『スーパーサイズ・ミー』へと受け継がれていく。

このような風刺を、ネット時代の人間は過去のことだと笑えるだろうか。とんでもない。21世紀は前世紀とは比べ物にならないほど大衆操作の手口が巧妙化し、その手続を可視化することすら困難である。もしも「昔はみんな踊らされたよね」と「旧世界の支配者」たちを嘲りながら、Facebookの気になる広告をクリックする愚か者がいたとすれば、自らの放ったブーメランで後頭部を強打するであろう。GoogleやAppleなどの超巨大企業が世界のインフラや個人情報を牛耳る今の時代こそ『ゼイリブ』で警告されていたディストピアが、一層現実化しているのだ。

支配の入れ子構造

劇中でヒロインのホリーが、主人公に「サングラスで真実を見ろ」と言われた際に返す台詞が、示唆に富んでいる(図2)。

図2:サングラスを渡すが、拒否されるナダ

あなたのサングラスで何か見えても
それは自分で見たことにはならないわ

こう言って彼女は「真実」を見ることを拒絶する。この台詞は実に気が利いている。自分以外の物に依って「世界の真実」を知り「支配構造から脱した」としても、その脱した地点が別の支配構造の内部でない保証などどこにもないからだ。陰謀論の先にあるのは「陰謀から脱するという陰謀」かもしれないし、結局のところ真実の拠り所がマスメディアから別の物に移っただけである。サングラスをつけた途端に「気分が高まり」、老婦人(に擬態したエイリアン)の容姿を委細構わず罵り、狂人の如く警備員を撃ち殺して闘争を開始したナダの行動の即発性は、状況によっては短絡的なジェノサイドへのダイヴも引き起こし得る。たまたま本当に真実であったわけだが。

この台詞は「メディアが大量消費社会を扇動してるって俺は言うけど、俺の言うことも鵜呑みにせず自分で考えろよ」という製作者からのメッセージであると受け取りたい。

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投稿日時: 2018/09/20 ― 最終更新: 2019/03/03
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