投稿日時:2019/04/21 ― 最終更新:2019/04/22
図1:『ハドソン川の奇跡』海外版ポスター

『X-Plane』(’93 -)や『Flight Unlimited II』(’97)のようなPCのフライトシミュレータが好きで、航空マニュアルの類も読んだ。そして様々な本に書いてある「パイロットは常に不時着場所を考えて飛行せねばならない」との箴言に、大いに膝を叩いたものである。なるほど、不測の事態に不時着が成功可能であることは、ある意味で目的地への到達より重要だ。

2009年に発生した「USエアウェイズ1549便不時着水事故」を再現映像的に描いた本作。この事件では、NYから離陸した直後に鳥の群れがエンジンに飛び込んで両エンジンを喪失したため、機長が緊急着陸の決断を迫られた(図2)。

図2:管制と対立してハドソン川へ下りる機長(『ハドソン川の奇跡』)

「大都会のど真ん中で、低空状態で推力を失っている」状態は、言わば最悪という名の海の深海を泳ぐようなもので、猶予も逃げ場も一切ない状況は、最初の決断にオール・インすることを機長に強いる。焦って無茶な挙動をとればリカバリの間もなく墜落するし、燃料を捨てる暇がないから衝突は大爆発に繋がる危険性が高い。つまり航空機という存在が内包する全ての爆弾を背負って曲芸を成功させなければならない。

機長のサリーはこのような絶望を前にし、近くの空港に着陸すべしとの管制側の提案を蹴り、ハドソン川への不時着水を決行。そして、運命に勝った。

イーストウッドの再現志向

この映画の眼目は2つある。1つは再現ドキュメンタリーとしての「現場」への忠実性である。クリント・イーストウッド監督はそのために、役者ではなく、救出者も含めた当事者たちをできるだけ多く発見して撮影に協力してもらったという(図3)。

図3:乗客や救助者にできるだけ「本人」を起用したイーストウッド監督 (『ハドソン川の奇跡』)

ただ率直な感想としては、パニック状況を足早に過ぎていく乗客や救助者が本人であることが、あまり映像表現に寄与しているとは思えない。近年のイーストウッドは再現型のドキュメンタリーへの志向が強く、翌年にはさらにラディカルな再現映像として、事件の当事者3人に主演させた『15時17分、パリ行き』(’17)を撮っているが、あのように事件の中心人物らが本人であることには大いに意義があるとは思う。彼らはカメラの目の前で長時間、現場を再現するからだ。しかしこの映画だと、肝心の機長はトム・ハンクスが演じているのである(別に彼の演技に文句はないのだが)。 当事者の起用は、どちらかと言うと「映画の再現性の信用」を担保するためのものだろうか。

ところが作品としては『ハドソン川の奇跡』が『15時~』より大分上と感じる。題材や予算のせいでもあるのだが、本作はドキュメンタリーとアクション、サスペンスのバランスが絶妙である。一方で『15時~』はドキュメンタリーに寄り過ぎた。

映画は最後に「機長1人の英雄性ではなく、現場の全ての人間の努力が結実した結果としての“ハドソン川の奇跡”である」と結論付ける。

「あなたを計算式から外したら(この奇跡は)成立しません」
「それは違います。私だけではない、全員の力です。(中略)全員が力を尽くし、全員が生還した」

『ハドソン川の奇跡』

讃えられる英雄は、出来事を象徴する1つのアイコンである。機長は事件の中心にあるファクターだが、決して全体ではない。映画は奇跡が最初から最後まで、いかに周囲の状況と関わりながらトータルな現象として発生したかを細かく描写している。だから観客は、最後のサリーの台詞に深く同意できるのである。

英雄視という暴力

映画のもう1つのフォーカスは英雄というものに対するメディアと大衆の無意識的暴力にある。インタビューの中で機長のサリーは、結局彼があまりにも著名になり過ぎたため、パイロットを続けるのが困難になり、事件で得た知名度と信頼を活かした別の仕事を始めたことを明かしている。血圧や心拍数が異常な時期が長期間続き、健康を損なった(図4)。

図4:事故から極度のストレスを受けるサリーの一家(『ハドソン川の奇跡』)

さらに家族も含めて、あらゆる場所で「喝采」を浴びるようになったため、日常生活にも支障をきたしたことが語られている。1人1人の「ちょっとした」エールが何十万発も溜まれば、それは耳が割れんばかりの大喝采と化してしまう。つまり控え目な男であるサリーは、事故により2度「被災」した。

別に本作は、周囲のメディアや取り巻きを批判的な調子で描いているわけではないし、サリー本人のインタビューも「仕方ない」という態度だ。それはあの運命の日、鳥の群れが飛行機に突っ込んでしまったのと同じくらい「仕方ない」ことなのかもしれない。

観終わった後「日常が一番」と思わせる映画。

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