『ザ・フォッグ』 (’80) / ときにはカーペンターじゃない夜もある

2021/10/29 ・ 映画 ・ By 秋山俊

ジョン・カーペンターが好きだ。敬愛していると言ってもいいそうそれは父のように。彼はアメリカで、スピルバーグが喪失してしまった大切な信念を、敬虔なる信徒のように大切に胸の中にしまって20世紀を駆け抜けたアメリカ映画の守護神だ。

あらゆるカーペンター作品には、「映画の記憶」がつまっている。彼は死んだ子供たちに奇跡を起こして復活させる聖者のように映画を蘇らせる。かつてハワード・ホークスがいて、『リオ・ブラボー』があった。現代には何がある?現代にはカーペンターがいて、『要塞警察』がある。カーペンターはアメリカ映画の歴史だ。倫理だ。だから彼はアメリカ映画の守護神なのだ。

しかしそんな私にも、ときには親に反抗する子供のように、カーペンターを否定しなければならないことがある。

怪奇映画の記憶の再生産

『ザ・フォッグ』は昔風の怪談映画なのだ。ある小さな島にある街の建設100周年を祝う祝祭がとりおこなわれる。しかし実は街を建てた男たちは、ある富豪を殺して財貨を奪った罪人であった。原罪を忘れて無自覚に祝う街の子孫たちに対し、祝祭の日に霧が立ち込め、かつての怨霊が復讐を開始する。

要するに夏休みに焚き火を囲んで聴く「怖い話」である(図1)。全編が非常にスローなテンポで展開する。この映画はかつてユニバーサルやハマー・フィルムが量産したような、『ドラキュラ』や『フランケンシュタインの怪物』といった怪奇映画の記憶を、現代においてカーペンター流に再生したものと考えられる。

図1:映画冒頭で怪談を聴く子供たちは、本作のスタイルを象徴している(『ザ・フォッグ』より)

それはたとえば『ハロウィン』がヒッチコックの『サイコ』やジャッロ(イタリアの殺人映画)の記憶の再生であるのと同じで、基本的にカーペンター監督は、過去の映画の自己流の再解釈によって映画を撮っている。カーペンターの偉大さは、過去の映画を盲目的に再評価するだけでなく、さらに彼一流の味付けと批評を付け加えて「現代化」して見せる点にある。『ハロウィン』は『サイコ』を蘇らせるだけでなく、新たな殺人スタイルを加えることでスラッシャー映画ブームを巻き起こし、『13日の金曜日』という傑作につながった。

ところが『ザ・フォッグ』は、そのような批評的な再評価を欠いているのである。『ザ・フォッグ』は、単に怪奇映画の記憶を「再生産」したに過ぎない。それはつまり、当時ですら時代遅れになっていた怪奇映画というジャンルを、シンプルに現代の機材を用いて撮り直したということなのだ。この映画全編に漂う、いかんともしがたい古臭さと刺激のなさはそこから来ている。

『ザ・フォッグ』には何が欠けているのか

映画そのものにはもちろん、カーペンター的な艶はあるのだ。本作では映像面においてそうだ。カーペンターは、特に後期の作品ではそっけなく撮ることが多いのだが、『ザ・フォッグ』や『ハロウィン』でそうであるように、ちゃんと叙情的なカットも作れる。

今作でも、人口の少ない小さな島の様子、海を捉える構図、幻想的な霧が立ち込める様子、岬の細長い一本道を歩く女性のか細い背中を追った場面など、優美なカットがいくつもある(図2,3)。

図2:『ザ・フォッグ』
図3:『ザ・フォッグ』

しかし、ところが、『ザ・フォッグ』は何か決定的な中核を欠いているのだ。『遊星からの物体X』での吐きそうになるエイリアンや、『ゼイリブ』のサブリミナル・メッセージのような何かが。それは主食を欠いてスープと卵焼きだけで構成された晩餐のようなものだ。『ザ・フォッグ』には、かつての怪奇映画に対する何らかの批評性と、現代性が必要であった。

それを欠いているがゆえに本作はノスタルジーの映画となった。一発当てた直後のカーペンターが趣味性を前面に出して撮りたいものを撮ったという可能性もある丁度『ファイトクラブ』を当てたフィンチャーがヒッチコック模倣映画の『パニック・ルーム』を撮ったように。

カーペンターの回想によると、本作は一度完成した初期バージョンがあまりに味気ない平坦な映画であったために、全体の大幅な再構成と追加撮影を迫られ、撮影は難航したという。恐らく劇場公開されたバージョンもそれを引きずっている。

この映画が文明に対する批評性を備える可能性はあった。カーペンター自身も『恐怖の詩学』内のインタビューで語っているが、本作はアメリカのWASPが抱えている「原罪」と「無垢」を裏のテーマとして含んでいる。つまりアメリカ開拓のためにネイティブ・アメリカンを追い払った歴史を20世紀まで忘れかけ、「アメリカは自由と平和の国だ」とうそぶいていた過去が、『ザ・フォッグ』で罪を犯して街を建てたことを忘れてしまった住民たちに重なるのだ。

もちろんこういう闇の歴史はどの国にもある。だから本作は普遍的なテーマを語り得たのだが、残念ながらその辺はあまり掘り下げられずに表面的なストーリーの一部として流れてしまった。最後の決着のつけ方も疑問符が浮かぶ。

『ザ・フォッグ』は最終的に、贅沢に撮影された環境記録映画のようになってしまった。真夏の夜の砂浜のような時間がゆったりと流れるのだが、それ以上の決定的な何かを欠いた映画――それが今のところの私の所見だ。

満足度:6/10

4K UHD BD (UK盤)レビュー

『ハロウィン』のUHD BDと似たような方向性。彩度低めでカラグレが根本から違う。つまり通常のBDとは映像表現が全く異なる。結論から言うと非常に良くてBDには一生戻れない。古い映画だし暗い場面が中心なので、ノイズが多めなのは仕方ない。

「暗すぎる」というレビューもあり、事実そういう場面も散見されるが、本作が怪談映画であることを踏まえると、UHD BD盤の映像のほうが圧倒的にホンモノという感じがする。HDRという技術は、明るい場面を目が潰れそうなほど光らせる技術ではなく、本作のように真っ暗な中でもディテールを潰さないような繊細さこそが本領なのだ。

リニアPCM 2.0chの方は24bitで収録されている。ただどうせオリジナル音源はモノラルなので、特にこだわらずに5.1ch DTS-HD MAリミックスで聴いてもいいと思う。

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初版:2021/10/29 ―― 改訂: 2021/11/02

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