『ロッキー 3』(’82) / 水戸黄門と化したロッキー

2020/08/16 ・ 映画 ・ By 秋山俊
『ロッキー 3』Metro Goldwyn Mayer, 1982年

度重なる防衛戦の後、再び引退を考えるようになったロッキーの前に、謎の黒人ボクサーが現れ、猛特訓の末に……っと、この辺で観客はいい加減気づく。「1作目からやってること変わんねえじゃねえか」っと。

そう、このシリーズ、同じスタイルで作った最初の2作が空前の大ヒットとなったために、もはや冒険など考えず、開き直って「お約束を愉しむ」TVシリーズのような定型モノになっていくのだ(下図)。

図:『ロッキー 3』

以後も「引退を考えたロッキーの前に最強の敵が現れて、猛特訓して倒す」という、スポ根というよりは『ドラゴンボール』、いやむしろ『水戸黄門』と呼ぶべき同型反復が行われていく。このシリーズが楽しめるかどうかは、ひとえにこの水戸黄門スタイルにノレるかどうかにある。

我々は「今までにない斬新で巧妙なストーリー」を求めて『ロッキー』を観に行くのではない。「いつもの『ロッキー』」を観に行くのである。あるいは「スタローンの筋トレ」を観に行くのである。

さらにスタローンがメガホンを取ったタイトルにおいては、以後必ず主要人物が1人ずつ死んでロッキー再起の理由に使われるという「そして誰もいなくなローン」スタイルなる、恐るべき抹殺作劇法が採られる。最後まで生き延びるのは誰だ?!

こういうスタイルのシリーズなので、批評家に貶されるのは仕方ないが、私はロッキーの特訓シーンとテーマ曲とファイトシーンが観られれば満足できる派なので、このシリーズが好きである。

満足度:7/10

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投稿: 2020/08/16 ― 更新: 2020/08/19
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