『ロッキー』(’76) / 最強のスポ根映画

2020/08/15 ・ 映画 ・ By 秋山俊
『ロッキー』MGM, 1976

まず『ロッキー』とは何か?というと、これは「少年マンガ」である。もっと言えば「スポ根」である。さらに言えば『あしたのジョー』である。

落ちぶれたボクサーであったロッキーが、黒人で現ヘビー級チャンピオンのアポロと試合をするチャンスを手にする。そして同じ「敗け犬」であったコーチや相棒たちとの仲違いを乗り越え、死ぬ気の猛特訓の末に、二人の男はリングで激突する……という、ド直球のスポ根映画なのだ(図1)。

図1:ロッキー vs. アポロ(『ロッキー』)

しかしそれまでのアメリカ映画が、ニューシネマという「バッド・エンドが当たり前」「血みどろで裏切りだらけ」の映画を10年間も散々作り続けていた環境で、彗星のごとく登場したこのスポ根映画は、アメリカン・ドリームを清々しいまでに描いて世界を巻き込み、とうとうニューシネマを終了させてしまった(少なくとも大きな契機となった)。

過激な暴力映画時代に終止符を打ったのは、なんと「友情・努力・勝利」だった、というオチである。

メインテーマのノリの良さもさることながら、ロッキーの特訓シーンが本当に楽しい。夜明け前に起き、時短のために黄卵を複数個一気飲みして、寒空の下を走り出す。冷凍肉への連打、片手腕立て伏せ(図2)。そしてフィラデルフィア美術館の階段駆け上がり。

図2:ロッキー名物、片手腕立て伏せ(『ロッキー』)

スポ根マンガはどうしても絵柄が古いので、古臭い印象が拭えないのだが、映画でやるスポ根は実写なので古い感じがしない。

なぜスタローンは特別なのか

『ロッキー』が何故これほどまでにヒットしたかと言えば、それは「シルヴェスター・スタローンが主役を演じたから」に他ならない。

はっきり言って、世の中の多くの有名俳優というのは「有名になる機会を掴んだから有名」なのであって、絶対にその人しか出せない個性や、超絶的な演技力で勝負しているわけではない。つまり替えがきくのだが、スタローンは替えがきかない、数少ない「オンリーワンの大スター」なのである。

シルヴェスター・スタローン

スタローンがなぜ特別かというと、それは顔に麻痺があろうと滑舌に障害があろうと「『ロッキー』の主役はオレにやらせろ」と交渉してみせる不屈の精神を持っているからである。普通、これほどハンデを背負った人間は俳優を目指さないし、まして主役を張る勇気など持ち合わせない。

にも関わらず、彼は自分がスターになる日を疑わなかった。それほど揺るがぬ信念を持った人物なのだ。そして彼のハンディは、そのまま俳優としての個性になった。

本作の主人公ロッキーは、俳優として鳴かず飛ばずだったスタローンの写し鏡でもある。だからこそ恐ろしくクセがあり、お世辞にも聞きやすいとは言えない歪んだ発声により繰り出されるスタローンのシャウトが、そのままロッキーの魂のシャウトに重なり、観客の心を直に揺さぶるのである。

スタローンの最大の武器は筋肉ではない。スピリットである。『ロッキー』は、スタローンの二重写しの自伝である。闇を抱えたキャラクターに、演技などしなくても強い説得力を載せられるのがスタローン最大の強みであり、したがって『ランボー』(’82)が彼の代表作になれたのも、彼の負の面がそのままランボーに重なったからと言えるだろう。

『ロッキー』はフィクションであると同時にスタローンの自伝であり、ドキュメンタリー映画でもあるという、唯一無二のボクシング映画なのだ。

満足度:9/10

見どころ

  • ちょっとゴリ押し気味な口説きシーン
  • 特訓シーン全て
  • ロッキーのテーマ曲
  • 「エイドリアーーーン!」

関連作品

賛否は分かれるが、私は『ロッキー』シリーズに関しては1-6の全作品オススメする。もちろんスタローンファンとしては『ランボー』シリーズも外せない。同時代のボクシング映画ではロバート・デ・ニーロとスコセッシの『レイジング・ブル』(’80)なども良い。

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投稿: 2020/08/15 ― 更新: 2020/08/19
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