『ブルーピリオド』4-6巻 / 主人公の自画像的なマンガ

山口つばさ『ブルーピリオド』6巻, 講談社, 2019年

主要キャラたちの孤立

『ブルーピリオド』を読んでいて、毎回「キャラ間の距離が遠いなぁ」とは思う。ドライというか。「まあ自分のことは自分でするよ」みたいな乾いた距離感がある。主要キャラクター同士がそこまで仲良くしない。立ち入ってこない。そのせいで大葉先生がやたら存在感あるポジションに入った。彼女がハブのように人物間のパイプになっている。

『ブルーピリオド』のメインキャラたちは、個々に己の闘争に埋没する。特に橋田はドライ。一見フレンドリーに見えて、内心の描写で結構クールというか、冷静に観察しながら距離取っているような印象を受ける。森先輩がいれば八虎と仲良くした可能性はあるが、彼女は「いつまでも会えない永遠の先輩」みたいなポジションになってしまった。

だから『ブルーピリオド』というマンガは、ヒロインの鮎川龍二が女装男子という時点で多分に「やおい」的な空気を発してはいたのだが、意外にそういう女性読者層に受けそうな、キャラ同士の掛け合いやイチャイチャというのは少ない。これは作者の作風とか世界観とか、あるいは人間理解がそうなのかもしれない。

作品自体が自画像的

キャラ間の距離が離れている理由として、結局『ブルーピリオド』は、少なくとも大学受験編は、矢口八虎が自分についてひたすら考えていく内省的なマンガだからというのもあるだろう。つまり「俺ってこんなやつじゃないか」みたいな内的な思考世界がメインとなる物語なので、あまり外の世界と関わっている時間がない。外の世界と交渉している間は内省が止まってしまうからだ。

図1:山口つばさ『ブルーピリオド』4巻, 講談社, 2019年

考えてみると、藝大試験が始まってから矢口は自画像、セルフヌード、そして自分の世界を投影したヌードモデルと、全て自分の世界しか描いていない(図1)。しかしこれは必然的な展開であるように思える。マンガ自体が、主人公の自画像的な作品であり、矢口の自分語りだからだ。その証拠に、本作は矢口のモノローグが異常に多い。

そしてひとえに自己の弱さに向かい合ってきた結果として、矢口は「情けない裸」の裏返しとしての己の「戦略」こそが、自分の最大の武器であることを認識するに至る。つまり矢口は世田介のような才能を持たないが、才能を持たないがゆえに、それをフォローするための「戦略」という能力・個性を開花させた。そのことに世田介の「ムカつく」発言で自覚的になり、自己肯定することができた。この矢口の成長と変化が、受験編そのものと言えるだろう。

世田介に自分の狙いを理解してもらえたことで矢口が泣く描写が、最も印象的である。人間にとって最も嬉しい瞬間は、自分が評価して欲しいところを、自分が望んだ形で評価されることなのだと思う。多くの場合、他人は自分の狙いとは見当違いの方向で自分のことを認識しているからだ(そういった視点のズレは、5巻でスケッチブックを相互評価する回で表されている)。

高橋世田介と矢口八虎

世田介というのは矢口の対偶なのである。完全に真逆であり、同時に対でもある存在。世田介は美術の才能を持ち、矢口は人間と自在に関わることができる。お互いに自分に最も欠けているものを相手が所有しているからこそ、相手は全てを持っているように見えるし、それが「イヤ」ということになる。

矢口さんにはわからないと思うよ。なんでも持ってる人には。俺には美術しかないから。

『ブルーピリオド』3巻

対偶というのは最も離れた存在であると同時に、逆さまになった鏡像と呼ぶこともできるだろう。だから矢口の自画像的な物語に世田介の存在は欠かせないと思う。

桑名マキのキャラ立ちと、龍二の迷走

私は当初、最もドライなキャラは桑名マキかと予想していたのだが、4巻以降は、実は彼女が最も積極的に矢口に絡んでいるように感じる。というのも彼女は矢口に言われた言葉を、二次試験の最中にリフレインしているからである(図2,3)。倒れた矢口の荷物を運んだり心配する素振りを見せたのも彼女だ。

図2:山口つばさ『ブルーピリオド』4巻, 講談社, 2019年
図3:矢口の受け売りをそのまま返すマキ(『ブルーピリオド』6巻)

サラブレッドの苦悩を体現する彼女の内面は、世田介や橋田よりも掘り下げられており、面白いキャラクターに成長してきている。

5巻では龍二にもかなりの紙面が費やされたのだが、龍二は相変わらず所在なさげである。正直、龍二は受験編において、キャラとして迷走していた感が否めない。主人公の最も身近な存在として振る舞いそうな登場の仕方だったが、その後出番が急激に減って立場が曖昧になってしまった。橋田や桑名と違い、絵の実力やスタイルについても詳細不明で、何だか病んでいるサブキャラの1人のようだ。

その点では、むしろ桑名の方がポジションや役割が明確で存在感もあり、ヒロインっぽい。『ブルーピリオド』は優れた作品だが、キャラの立ち位置はあまり定まらない。

マンガの記事一覧

LINEで送る
Pocket

投稿日時: 2020/01/02 ― 最終更新: 2020/01/13
同じテーマの記事を探す

記事内容に関して

作品や書籍の感想・評価・考察はあくまで筆者の考えであり、他人の意見を否定するものではありません。 作品の面白さを破壊しない範囲でネタバレを書くことがあります。