福本伸行『アカギ』2巻, 竹書房, 1993年

『天』より『アカギ』の中での赤木しげるが好きである。『アカギ』の青年赤木には『天』の赤木にはない、ヒリヒリした心理学とクソ度胸のキレがある。

特に好きなのが、彼が頻繁に用いる「プレッシャーのなすりつけ」メソッドである。これこそが赤木という勝負師の、青年時代における個性、1つの勝利定石なのである。

「追い込まれているのは相手の方」という状況の「発見」

「プレッシャーのなすりつけ」とは何か?それは本来、赤木側があたふたしなければならない状況なのに、いつの間にか敵側があたふたして追い込まれてしまうという心理トリックである。

最も典型的で分かりやすいシーンは、初めての麻雀勝負の最中に警察が入ってくる場面である(図1)。

図1:福本伸行『アカギ』1巻, 竹書房, 1992年

赤木は警察が捜している、チキンランの生き残りであり、ヤクザ側以上に雀荘に踏み込まれて困るのは赤木である。ところが赤木は平然としており、あろうことか混乱に乗じて河から牌を抜いて、大三元四暗刻を仕込んでしまう。

この赤木の図太い戦術を、南郷は驚愕して見守る。

……抜きやがったんだ…!みんながさっき、ドアの方に気を取られてるスキに…河から……!警察がせまってきて一番ハラハラすべき当の本人が、そんな真似を……

このガキ…!常人の神経じゃねえ…切れてやがる…

『アカギ』1巻

そして赤木の「なすりつけ」の真骨頂が次のコマである(図2)。

図2:福本伸行『アカギ』1巻

なんとあろうことか、この混沌を呼び込んだ張本人が偉そうに順番を催促して、焦ったまま再開した男の方が、赤木の露骨な不正を見逃してしまうのである。

赤木の必勝パターン

赤木の手口をまとめよう。

  1. 自分で勝手に混沌を場に持ち込む
  2. 全員プレッシャーを受けて精神的な余裕がなくなる
  3. なのに張本人の赤木だけが平然としている
  4. 赤木が図々しく発言して「プレッシャーを受けてるのはおまえらだろ?」と「暴いて」してしまう
  5. 赤木が場を支配する

4の部分が彼のトリックの肝で、これによっていつの間にか「赤木は平気だが、他のやつらは焦っている」ことが既成事実化してしまう。本来なら赤木が一番プレッシャーを受けているのに、である。そして実際に、相手の方がミスを犯してしまうのである(図3)。

図3:福本伸行『アカギ』1巻

赤木のこの「いつの間にかプレッシャーを受けているのは相手の方」というトリックは、勝負毎に繰り返されている。

  • 矢木の「敗ければ指1本」という提案を相手にも押し付けて、逆に矢木が焦る
  • 南郷の借金をチャラにしてからさらに倍プッシュし「今この倍プッシュに一番プレッシャーを感じているのはむこう」と発言、さらにむしり取る
  • 最初のチキンラン勝負でも、不利な立場なのにあえてブレーキを踏まず、相手の方が焦って自滅
  • 浦部との代打ち勝負で、状況は負けているのに「プレッシャーを受けているのは浦部」と全員の前で演説する

特に浦部に対する演説は分かりやすい例だろう(図4)。この戦いでも、まず一般人の治をぶつけて場が混乱していたところに、赤木が颯爽と登場して「大変なのは浦部」「オレは気楽に打てばいい」と宣言してみせ、上述した赤木メソッドの手順がなぞられている。

図4:福本伸行『アカギ』5巻, 講談社, 1995年

赤木の胆力を最大に活かした戦術

なぜ、赤木にはこのような不遜な戦術が実行できるのだろうか。

それは「赤木はプレッシャーの許容量が人並み外れて巨大」だからではないだろうか。

最初の麻雀勝負を例に考えてみよう。ここで赤木のプレッシャー許容量が300、その他の人間が100だったとする。雀荘に警察が踏み込んでくるという混沌が起きる。警察の狙いである赤木にかかるプレッシャーは250、その他の人間にかかるプレッシャーは150くらいである。

すると不思議なことに、場を乱した張本人であるにも関わらず、赤木はまだ許容量に余裕があり、他の人間は容量オーバーでパニックに陥ってしまう。つまり赤木の戦術というのは、その強靭な精神力による一種の力押しであり、カードゲームで言えばタフネスの高い自分だけが全体ダメージから生き延びるようなものだ。そして力押しを力押しとして純粋に実行できるのが、赤木の天才たるゆえんなのだ。

現実でも使える赤木メソッド

赤木のような強靭な精神力を前提とした戦術は常人には真似できないが、彼のメソッドからは学ぶべきものがある。それは「この状況で本当に困っているのは誰か」という、他人の立場の冷静なるシミュレーションの有効性である。

例えば交渉事。例えば男女関係。一見、片方が優位に立っているように見えたり、自分の方が立場が下だと思えても、冷静に立場を比べてみると、実は相手の方が分が悪いのではないか、という状況は沢山ある。しかし普段は表面上の立ち振舞いによる思い込みが、自分が不利だと錯覚させているのである。

有名な考えに「SMにおける立場では、奴隷が主で女王が従」というのがある。これは、女王様というのは相手を叩いているので一見立場が上のように見えるのだが、実は女王側は「奴隷の心を支配し続けなければならない」というプレッシャーと制約があり、奴隷側は単に虐待されることを愉しんでいるという事実の発見である。

他にも、例えば仕事のストライキというものも、このような真の主従関係の発見を軸にした戦術であると考えることができる。

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投稿日時: 2019/09/26 ― 最終更新: 2019/09/29
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