福本伸行 (著), 萩原天晴 (著), 上原求 (著), 新井和也 (著)『1日外出録ハンチョウ』 6巻,講談社, 2019年

当初、飯テロスピンオフとして『中間管理録トネガワ』に続き、鳴り物入りでスタートした『1日外出録ハンチョウ』だが、最近はすっかりグルメマンガから脱却(脱落?)し、飯以外のエピソードばかりになってきた。

そんな『ハンチョウ』と言えば、1つ1つのエピソードの平均的なクオリティや、飯テロとしての原点の面白さが詰まった1巻がベストの巻だと思うが、1話だけ挙げるならば6巻 第40話「賛歌」が一番印象深い(話数は媒体によって前後)。

マンガ家によるマンガトーク

「賛歌」は、生粋のマンガバカである森口が地下労働施設に落とされたことをキッカケに(図1)、マンガ好きの大槻と意気投合し、次第にマンガ談義が地下全体に広がっていく話である。なおこのスタイルのウケが良かったのか、ほぼ同じ内容でセリフだけ入れ替えた、漫☆画太郎並の「コピペギャグ」が繰り返された。

図1:『1日外出録ハンチョウ』 6巻

このエピソードの何が面白いかというと、作者の分身である大槻と森口が繰り広げるマンガトークそのものなのである。これはつまりマンガ家が作品内でマンガ談義しているのに等しいわけで、しかも架空の作品ではなく実在の作品を挙げている(他社作品すらも!)。このエピソードは「マンガの中でマンガの話をする」という、一種のメタトークになっているわけだ(図2)。

マンガ家というのは当然、マンガ好きであり、マンガオタクなわけであって、彼らがどのようなマンガ論や価値観を持って作品を作っているかは、読者の関心の的である。だから私は、作品内での作品談義というのは、どのようなジャンルにおいても1つの鉄板ネタだと思っている。事実、このエピソードはネットで無料公開もされ、SNSなどでもかなり盛り上がった。

図2:『1日外出録ハンチョウ』 6巻

映画監督で言うとタランティーノが人気あるのも、理由の1つには生粋の映画オタクである彼が、作品の中で積極的に映画そのものについて語ったりパロディを演じる自己言及的な作風がウケたからだ。他にも太宰治の『誰も知らぬ』の中で文学談義が設けられたり、坂口安吾が随筆の中で永井荷風や志賀直哉の作風を痛烈に批判しているのも、読んでいて非常に面白く、私の中でベストエピソードの1つに数えられる。

こういう「作家による作家・作品言及」というのは、本来、1種のタブーなのである。そりゃそうだ。作家が作家に言及すれば、それは「へぇ、あなたあの作品のことそんな風に見てたんだ。あなたの作品も言うほど立派じゃないけどね」みたいに、格好の話のタネになってしまう。言うなれば他作品への言及とは、業界内におけるプロレスの宣言に近い部分がある。観ている方は、そりゃ盛り上がる。

メタフィクションとしての『ハンチョウ』

一番の「格好のネタ」がコレ(笑)。大槻がスピンオフ内でスピンオフを批判してしまうという究極のメタギャグ(図3)。

図3:『1日外出録ハンチョウ』 6巻

そもそも『1日外出録ハンチョウ』自体が、『中間管理録トネガワ』のヒットに乗じて勢いから生まれた「安易なスピンオフ」「スピンオフのスピンオフ」そのものである。それすらもギャグにしてしまった捨て身っぷりに脱帽である。

この頃の『ハンチョウ』は、飯ネタが尽きてしまったのか迷走気味なのだが、この回の後もコピペギャグを繰り返すなど「安易なスピンオフ」である本作ならではのギャグが続いた。賛否が分かれるだろうが、私はフツーに面白いと思っている。

それとこの回に出てきた森口というキャラそのものも、かなりお気に入りである(図4)。私はこういう、何か1つのスキルにポイント全振りして不適合化した尖ったキャラが大好きなのだ。

図4:『1日外出録ハンチョウ』 6巻

まあこの回のためだけに作られたようなキャラなので、準レギュラー化は難しい気がするが、できれば定期的にこの手のメタフィクション話を作って再登場してもらいたいキャラである。

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投稿日時: 2019/09/26
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