図1:福本伸行『賭博破戒録カイジ』10巻, 講談社, 2003年

『賭博破戒録カイジ』と言えば、序盤のハンチョウこと大槻が名言の宝庫とされ、後半の「沼」勝負は「ところがどっこい!夢じゃありません!」以外はそれほど引用されない(気がする)。

しかしそんな中で、私が密かに破戒録名言の上位に位置すると思っているのが、兵藤会長の「強力なシェルター及び私兵を持つ者が、最も強者となる……!」なのだ(図1)。

さて、これだけ言われても何のことか分かりにくいが、この発言は兵藤の「金持ちとはなんだ?」という問いへの、兵藤自身の解答である。黒服はこの問いに対し「1億くらいですか…?」と返すが、兵藤はそれを一笑に付す。

違う違う…!そういう話ではないのだ……!1億が10億でも時にはむなしいものだ。そんなものでは守れぬ……!我が生命<いのち>を……!

『賭博破戒録カイジ』10巻

兵藤にとって最も重要なことは、何よりもまず、自分の生命なのである。そして兵藤はその存続を運否天賦に晒すこと、つまり核戦争を巡る駆け引きなどを政治家の交渉に任せてしまうことを嫌う。

守らにゃあならん……!我ら特権者は……そういう事態になっても。快適にリッチに暮らしていけねばならない……!それを成し遂げてこそ富豪……金持ちというものだ……!

『賭博破戒録カイジ』10巻

「当たりクジの折り目」としての「核シェルター」

実はこの思考は『賭博黙示録カイジ』の最終勝負におけるカイジ vs. 兵藤に通じるものがある。

カイジは一見、運否天賦に見える勝負にイカサマを仕込んで勝負を申し込むが、兵藤はそれを見透かして、さらなるトラップを仕込んで勝負を自分の下に引き寄せた。『賭博黙示録カイジ』における兵藤の言葉に「勝つべくして勝つ者が王の道」というのがあり、それは言い換えると「常に人生(勝負)のコントロール権を自分が握っている状態」である。

「金持ちの条件は核シェルター」と聞くと、はっ?という感じもするが、この言葉は兵藤なりの寓意が込められているのだろう。ここでは「金持ち=人間社会の勝者=自分の人生をコントロールできる者」を意味する。そして、では自分の生命を自分で管理できる勝者になるには?と考えた時に持つべきものが「核シェルター」なのである。

「核シェルター」とは、カイジとの勝負における「当たりクジの折り目」のようなものだ。他人の一歩先を往くための、勝利を自分で呼び寄せるための備えである。

まあ、そのうちみんなも気付くじゃろ……わしの言ったことがまさに真言だったとな………!その時を堺に…預金も国債もゴミ屑同然…!

『賭博破戒録カイジ』10巻

この「その時を堺に…預金も国債もゴミ屑同然…!」という発言が重要で、兵藤は「金持ち」を文字通りの「預金を沢山積んでいる者」とは捉えていない。金は金。平時の経済状況だから通用する一種の共同幻想であり、現在は平和だから金の多寡がモノを言うのである。金を必要に応じて最適な形態に交換することこそが、勝者であるための十分条件。

『北斗の拳』のような世紀末になれば、安全な城と兵力を有している者が新たな勝者となるだろう。兵藤は先手を打って勝者の条件を整えているのである。兵藤が見通しているのは、人間社会のヒエラルキーの実質である。

核シェルターの例え話は一見、兵藤の妄想のようにも見えるのだが、私はこの話を読んだときに「上手い言い方だ」と、妙に感心してしまったのだ。

図2: 『賭博破戒録カイジ』10巻

ところでシェルターの話がいたく気に入ったのか、「オレが得たシェルターにおまえらは入れない!」と、便器に座りながら勝ち誇る一条がツボである。

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投稿日時: 2019/09/25 ― 最終更新: 2019/10/12
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