うめ, 松永肇一 『スティーブズ』1巻, 小学館, 2014年

スティーブ・ジョブズが死去した後の「ジョブズ・フィーバー」の中で、2本の伝記的なマンガが立ち上がり話題を読んだ。一方が有名なヤマザキマリによる“公式”伝記マンガ『スティーブ・ジョブズ』であり、もう片方が「うめ」チームによる独自の『スティーブズ』である。もちろん世間的には圧倒的にヤマザキマリ版が有名であり、この『スティーブズ』は極めてダークホース的な存在なのだが、どっこい私には『スティーブズ』の方がずっと魅力的に映った(もちろんヤマザキマリ版も面白いが、彼女が描く特別な理由がないと思ったので)。

『スティーブ・ジョブズ』と『スティーブズ』の違いを『シン・ゴジラ』のコピーを借りて言い表せば「現実 vs. 虚構」ということになるだろう。虚構なのはもちろん『スティーブズ』である。事実を基にしたフィクションである。何しろジョブズの放つフィールドはリアルで人を吹き飛ばすし(図1)、キャラは中二病全開だし、しまいにはジョブズのスピーチが地球規模の変動を引き起こして「まさか……スティーブが?!」とか言い出す。

図1:うめ, 松永肇一 『スティーブズ』1巻, 小学館, 2014年

この辺の「うめ節」は好き嫌いが完全に分かれるだろうし、まあジョブズの「まじめなファン」とか、ヤマザキマリ版が好きな人は、こういった本作のケレン味を「少年マンガ的」と嘲るかもしれない。

ただハッキリ言って、ジョブズやアップル社の「真面目な伝記」なんてものは、既に世に溢れてるし、マンガであってもジョブズ伝的なものは他にもある。それこそヤマザキマリ版は「フツーにジョブズを知りたい人」の需要を十分に満たすだろう。

うめ版の特色というのは、ジョブズのカリスマ的な空気作りの手法である「現実歪曲空間」のようなものを、大胆に視覚化して「ジョブズという神話」を作劇している点にある。つまりこれは「神話」という「フィクション」を望む人たちのためのマンガなのである(図2)。

図2:『スティーブズ』1巻

ビル・ゲイツの悪魔的魅力

ところで私が本作の一番の良さとして挙げたいのは、実はジョブズたちAppleメンバーの描写ではなく、ビル・ゲイツの造形である。ビル・ゲイツの最近のイメージというのは「慈善事業に力を入れる世界最大の大富豪」かもしれないし、ヤマザキマリ版なんかでも大人しめの人物として描かれているが、『スティーブズ』のビル・ゲイツは主人公のライバルとして、極めて悪魔的に描かれている。

例えばマイクロソフトBASICを浸透させるために様々な策略を巡らせ、ハッカー倫理をあざ笑い、GUI技術を盗むためにあえてAppleの軍門に下ってみせるなど、徹底した負けず嫌いのエゴイストとして描かれる。彼の中二的な決めゼリフは最高である(図3)。

図3:『スティーブズ』1巻

ところがこのような「誇張的な」ビル・ゲイツ像というものが、むしろメディアの前で見せる「作られたイメージ」の奥にある、彼の本性をえぐり出しているように思われる。

私はビル・ゲイツの伝記である『Hard Drive』も読んだが、彼の本性は「異常なまでの独占欲と勝利欲求」であると考えている。

James Wallace『Hard Drive: Bill Gates and the Making of the Microsoft Empire』1993年

『スティーブズ』の中でも「負けることが何よりも嫌いだった」という独白や、ジョブズからの「貴様は、何でもコントロールしようとしやがるんだな」というセリフがあるように、ビル・ゲイツは「独占・勝利」を守るためなら、嘘でも非合法スレスレでも平気でやってきた。

だから彼はAppleの技術を臆面もなくリバース・エンジニアリングして「Windowsです」なんて言い出したわけだし、契約書の不備をついて「発売したんじゃない、発表したのさ」とシラを切ってみせた。マイクロソフトが提供するソフトより優秀なソフトを出す会社は、圧倒的な資金力とプラットフォーマーとしての優位性を武器に、片っ端から吸収するか、さもなくば叩き潰して、自社ソフトをデファクト・スタンダードにねじり込んできた。

ペイパルの生みの親であるピーター・ティールも『世界を手にした「反逆の起業家」の野望』の中で「ソフトウェアでマイクロソフトより優れたものはいくらでもあった」「マイクロソフトが莫大な資産を築けたのは、彼らがただ市場を独占していたからだ」と明言しているほどである。

ビル・ゲイツが「イヤなやつ」かと言えば、私は間違いなく「イヤなやつ」なんだろうと思う。ビル・ゲイツのエゴに轢き潰されて未来を奪われた企業や個人など山程いるだろうし、世界は相変わらずマイクロソフトの販売する不当なほど高いソフトを半強制的に購入させられている(仕事で使わざるを得ないから)。

ただそれと「ビル・ゲイツには魅力がないのか」というのは別の話で、この『スティーブズ』の中では、そんなビル・ゲイツの「悪魔的な魅力」というやつが存分に描かれていると思うのである。彼がメガネの奥の三白眼で何かを見つめながら、己の野望と陰謀を語るシーンなど、ゾクゾクしてしまう(図4)。

図4:うめ , 松永肇一 『スティーブズ』2巻, 小学館, 2015年

だから実は、私が『スティーブズ』で最もよく読み返しているのは、ビル・ゲイツが半ば主役となっている第2巻なのである。ビル・ゲイツは、憎く、しかし魅力的なダークヒーローである。なんだかジョブズの話よりビル・ゲイツの話が圧倒的に長くなってしまったが、それくらい本作のビル・ゲイツは良く描けているのである。

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投稿日時: 2019/09/17 ― 最終更新: 2019/09/23
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