こんな蛇足を付け加える必要があったんだろうか。

これまでのカイジシリーズの面白さの一つは、エスポワールや地下労働施設などが1つのミニマルな社会を形成していて、その中での人間模様が実社会を反映していたことにあった。読者はそこにリアルな心理学を見たのである。

ところが『堕天録』は最初から最後まで(13巻も!)、1つのトリック麻雀の鍔迫り合いを描いているだけなので、内容的にかなり乏しい(図1)。これまでのような、勝負の合間に語られる人間観察や人生学がない。

図1:福本伸行『賭博堕天録カイジ』2巻, 講談社, 2005年

カイジはずっと寄り目で麻雀牌を凝視してるし、相手の成金はずーーっと「ククク……カカカ……」していて、コピペみたいな絵がずっと続く。元々カイジの絵はハンコ顔なのだが、これまでは幻影の吊橋とか、孤立した光とか、ポエティックな描写を挟んで頑張ってきたのに、『堕天録』はずっと下向いて寄り目のコピペだから「仕事しようよ?」という感じ(図2)。

図2:福本伸行『賭博堕天録カイジ』8巻, 講談社, 2006年

ギャンブル自体もただの変形麻雀に過ぎないから、新鮮味に欠けて、登場人物にも利根川や大槻のような魅力あるキャラがおらず、話が縦にも横にも伸びない。タイマン麻雀をフリーターと成金が、密室でひたすらやっているだけである(低予算映画かよ!)。

それと今回の話では、相手側が何故勝てるのかというトリックが、結局ある一点の騙し討ちに集約されているのだが、そのタネ明かしがくだらない。そりゃ、意外性はあるかもしれないし「これがリアルな人間描写だろ!」と言いたいのかもしれないが、読んで「面白いリアル」と「つまらないリアル」があるはずだ。『堕天録』のトリックは、言ってしまえば今までの積み上げをご破産にして「ビックリしたでしょ!」とドヤ顔しているだけで低俗である。これは一種のキャラ崩壊と呼んでいいだろう。とばっちりで過去の作品まで貶められていて不愉快。

まあそんなわけで『堕天録』は、読む必要なし。カイジくんは『破戒録』で仲間を得て地上に生還したということで、私の中ではメデタシメデタシとしておきたい。

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投稿日時: 2019/09/16 ― 最終更新: 2019/09/17
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