福本伸行『賭博破戒録カイジ』1巻, 講談社, 2000年

安直な二番煎じかと思いきや、これが良く出来ている。少なくとも『破戒録』までは。

『賭博黙示録カイジ』(’96-00)と言えば、限定ジャンケンの舞台となるギャンブル船「エスポワール」が社会の縮図となっている点が面白かった。限定ジャンケン勝負は「需要と供給」に着目した経済運動のモデル化であり、現実社会で盲打ちに商売をする者が敗退するのと同様、勝算のない勝負に挑む者は、戦略を持つ者の餌食になるという社会が再現されていたのである。

『賭博破戒録カイジ』では、カイジは結局地下の強制労働施設に送られてしまい、そこからいかに脱出するかという話になるのだが、今回はさらにスケールの大きい「生活」が地下施設で再現されている(図1)。

図1:『賭博破戒録カイジ』1巻

搾取の輪からいかに脱するか

思い出してみて欲しいのだが、エスポワールでの出来事は「長い1日」ではあったものの、それは所詮「1日」でしかなかったのである。言うなれば、エスポワールというのは「ある証券取引所の1日」の再現のようなものであった。そこに「社会」はあっても「生活」はない。ギャンブル船への参加者はデイトレードに興じる軽やかな現代人を表現しているのであり、舞台はきらびやかだし、カイジのポケットには1,000万円入っていた。

ところが『破戒録』の強制労働施設は、搾取される下層労働者の「生活」そのものを「再現」しているのである。再現というか、もはや当事者らには現実そのものであり世界の全てなのだが、マンガとしてはあくまで非現実的なスケールでの「再現」であり「単純化」である。エスポワールではその場限りの「小ゲーム」のみに終始していたが、地下労働施設ではチンチロという「小ゲーム」の基盤としての「生活」も、それを包含する「大ゲーム」の一部を成す。

つまり地下チンチロ編は人生そのもののモデル化であり、そこで行われている「大ゲーム」とは「戦争」である。

図2:『賭博破戒録カイジ』1巻

この地下労働施設では「貧困」の構造が再現されている(図2)。

カイジの給料は不当に安く、ほとんどタダ働き同然で、手元には夜のつまみ代くらいしか残らない。おまけに地下経済も「班長」こと大槻によって牛耳られている。大槻は「無理はいけない」「今回はおごりさ」とお為ごかしを並べてカイジにアルコールの快感を染み込ませ、酒浸りにさせてしまう(図3)。手取りは全てその日の飲食費に霧消し、資産の積み上げができず、ループから抜け出せない。これが貧困構造の再現であることは明らかだ。

図3:『賭博破戒録カイジ』1巻

巧妙に現実逃避の道を覗かせてカイジから搾取する大槻は、消費のための消費を煽る商売人である。現実世界でいうと、ダイエット屋とか健康屋のような存在に近い。彼らの目的は消費を促進して客に金を落とさせ続けることであり、それが本人のためになるのか、続けているとスリムボディや健康な内臓が手に入るかどうかというのは、売る側にとってはどーでもいい。むしろ消費者が望むのとは逆の結果になった方が、売る側がさらに別の商品を売れて都合が良いという場合もある。

そこでネットのコピペでもお馴染みの次の台詞である。

カイジくん。ダメなんだよ……!そういうのが実にダメ…!せっかく冷えたビールでスカッとしようって時に…その妥協は痛ましすぎる……!

そんなんでビールを飲んでもうまくないぞ……!嘘じゃない。かえってストレスがたまる…!食えなかった焼き鳥がチラついてさ……全然スッキリしない…!心の毒は残ったままだ。自分へのご褒美の出し方としちゃ最低さ…!

『賭博破戒録カイジ』1巻

そして大槻自身が自覚しているように、「大槻に富を奪われるカイジ」という関係性もまた、社会の搾取構造のごく一部に過ぎない。地下では搾取側に回っている大槻も結局、帝愛社員たちの利益のために搾取されているのであり、その社員も幹部に搾取され……という、搾取の入れ子構造が果てしなく続いているのだ。

そうさ……結局のところ……世の中は利用する側とされる側……その2種類しかいないのだ…!問題はその当たり前に……いつ気がつくかだ…!

……できれば、シャバで気が付きたかったぜ…!

『賭博破戒録カイジ』1巻

『賭博破戒録カイジ』は、このような貧困・搾取構造を単純化して可視化し、それを福本一流のユーモアやアフォリズムで表現しているから面白い。ネット時代の今となっては「コピペで有名なあの場面を追う」という楽しさまで加わる。カイジをいじめ抜く大槻も、あまりにも台詞回しが秀逸過ぎてどこか憎めない悪役であり、彼を主人公にした1話完結型のスピンオフ『1日外出録ハンチョウ』(’17-)も、思想付きのギャグマンガとして楽しめる(図4)。

この地下施設の生活描写に比べると、肝心のチンチロ勝負は割とフツーである(図5)。楽しめなくはないが、トリックや攻略性の面であまり意外性がない。やはり地下チンチロ編の眼目は「生活」にある。

図4:福本伸行, 萩原天晴, 上原求, 新井和也『1日外出録ハンチョウ』6巻, 講談社, 2019年
図5:福本伸行『賭博破戒録カイジ』2巻, 講談社, 2001年

地下チンチロ編の次は、「沼」と呼ばれる難攻不落の高額パチンコの話になるのだが、トリックや攻略の白熱・意外性といった面では、こちらの方がずっと手に汗握るものがある。「沼」の話になると、今度は逆にエスポワールや地下労働施設のような社会性の絡みは消えてしまうのだが、その分駆け引きそのものに集中していて純粋にパズル的なエンタメとしてまとまっている。前半と後半で面白さの中核的な部分が異なり、全13巻と間延びせずまとまっているので、『賭博黙示録カイジ』の読者には文句なく勧められる作品だ。

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投稿日時: 2019/09/09 ― 最終更新: 2019/09/14
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