奥浩哉『GIGANT』1巻, 小学館, 2018年

『GIGANT(ギガント)』(’17-)はずっと追いかけてる。リアリティある描写を続けているためにスロースターターで「何を描きたいのかよく分からない」と評判である。

ところが私は、第1話の5ページ目からヤラレてしまったのだ。すなわち「コンビニでのAmazon代引き5330円」というリアリティである。 この冒頭の描写を注意深く見ると、何気ないようでいて、非常に丹念な取材に基づいた徹底した「日常」に驚かされる。

主人公の完全ポルノ犯罪

高校生の主人公が、自室で密かにポルノを鑑賞すべく取った行動、それが「コンビニでのAmazon代引き」なのである。TSUTAYAでもブックオフでもなく、Amazon。さらに直接の受け渡しを避けてコンビニで回収する周到(図1)。

図1: 『GIGANT』1巻

断言しよう。ビデオ屋や書店の店頭でポルノを買える高校生など、この世に存在しない。

そんな光景があったら、それはただの罰ゲームか、よほどの豪傑である。高校生というのは自意識に手足が生えている存在なのだから、そんな行為ができるはずがない。そこで「Amazonで頼もう」という発想になるのだが、当然ここでも主人公は非常に警戒心が強い。普通の宅配では家族が引き取り「5330円の薄いパッケージって何だ?」と詮索されてしまうかもしれない。

以上のような灰色の脳細胞の活動を通して「Amazon配送コンビニ受け取り」という黄金戦術に到達し、主人公は性欲処理の完全犯罪を成し遂げたのである。

あの「代引きですねー」というやる気のないバイトが対応するたった3コマに、これだけの情報量が込められている。これほどの煩悩に満ちた描写のリアリティを、既に大作家である奥浩哉がどうやって獲得したのか不思議である。

大作家でありながら平民の煩悩を再現できるのが奥浩哉

主人公が帰宅してもまだ終わらない。主人公がAmazonの紙袋を開けると、そこに入っていたのは『パピコ ゴールドベスト 8時間』である。ここで私は、またしてもヤラレてしまった。

高校生が限られた小遣いを振り絞って、ポルノメーカーのカタログを入念にチェックし、破産オヤジが馬券を買うような切実な気持ちで選び出す、魂の一本はなんぞ?それは『パピコ ゴールドベスト 8時間』という最適解 、すなわち、おいしいところばかり集めたベスト盤である。そうであるに決まっている。あなたの息子さんは、なけなしの小遣いを振り絞って『xxxx ゴールドベスト』を買っている。賭けてもいい。

ここでも奥浩哉の神がかりは細部に光っている。 『パピコ ゴールドベスト 8時間』はBlu-ray盤だ。当然である。映画監督を目指す、映像に対し鋭敏な感性を持つ若者が、わざわざDVD盤で妥協するはずがない。DL版もビットレートが足りないので却下。よりリアルなパピコ体験をするなら、高ビットレートでロスレス音声なBD盤一択。ロスレスかどうか知らんけど。

図2: 『GIGANT』1巻

他にも壁に掛けられている映画『ブレードランナー』(’82)のポスター、アイアンマンのフィギュアなどで、主人公の趣味嗜好が分かる(図2)。『ブレードランナー』は有名作品な割に、ハッキリ言って分かりにくい。しかもちょっと古い。今どきの高校生で『ブレードランナー』が好き、というのは結構な映画マニアである。事実、彼は映画監督を目指している(なお作者の奥も映画マニアで、映画本を出している)。

冒頭の数ページ、速読家を自称する漫画マニアが「パラパラ…」っと2秒で読んでしまいそうなページの中に「繊細で、警戒心が強く、映画が大好きな裕福な家の子供」という情報が、十分な説得力とリアリティでもって込められている。これをやれるのが奥浩哉なのだ。

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投稿日時: 2019/08/21 ― 最終更新: 2019/11/27
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