『二月の勝者』凡人こそ中学受験、は真っ当な人生戦略

図1:高瀬志帆『二月の勝者』1巻, 小学館, 2018年

物語の序盤で黒木が打ち出す標語「凡人こそ中学受験」(図1)。この言葉には聞き覚えがある。そう、これは『ドラゴン桜』で桜木が言っていた「ブスとバカほど東大行け」と同じである。彼らの逆説はこうだ。

「一般的には『頭が良い』人間ほどエリートコースに向いていると思うかもしれない。だが逆だ。受験による学歴の獲得というのは、努力すれば誰にでも可能性がある。だから取り柄のない人間ほど、努力で人生を豊かにできる受験という機会を逃してはならないんだ」(図2)

図2:『二月の勝者』1巻

私はこの考えには基本的に同意である。というか、論理的に考えても別にこれは、当たり前の人生戦略を打ち出しているだけだと思う。

受験勉強は「努力」を評価してくれる。これは事実である。つまり「ナポレオン」の文脈を20回反復して、本番で「フランス革命後に軍事独裁政権を打ち立てたのは?」と聞かれて「ナポレオン」と答え、点数として反映されるのが「努力が評価される」ということである。だから正常範囲の知性さえあれば、誰にでも点数を積み上げることができ、チャンスがある。受かるか受からないかは、あくまで相対評価の問題である。

一方、人生において「努力が正当に報われる」などという場はむしろ例外的で、人間社会、そして資本主義社会は、発展するほどコネ社会になるという性質を持っている。何故なら既得権益を握っている人間たちが、新しい人間の芽を摘み、自分たちに都合の良いルールを作り出すという「金が金を呼ぶ」「支配者がさらに支配する」という構造があるからだ。日本はまだいい方で、資本主義で先行していたアメリカにわたり活躍するある弁護士は「アメリカは日本とは比較にならない超・コネ社会」と表現していた。もはや「上の人間」の支配力が強すぎて、一人の実力なんてものでは太刀打ちできない状況になっている。

こうなると人間社会というのは「実力を発揮し、正当に評価される」ことよりも「いかに権力者に気に入られるか」が重要になってくる。「フランス革命後に軍事独裁政権を打ち立てたのは?」と聞かれて「社長でございます」と答えて正確になるのがコネ社会である。

この中で数少ない、自分の力で掴み取れる「学歴」は、言わば人生における「ゲタ」を自ら作り上げる行為だ。ゲタを履いていれば、背を高く見せることができる。それによって人から頼りにされ、この社会に食い込んでいくチャンスを得られる。「努力」を「社会的評価」に還元できるシステムが整っている。だからこそ、能力に自信がない人間こそ、受験はチャンスとなるのだ。

日本の社会において、「努力」が一番正当に評価されているのは学校の入試だと思う。もちろん、そこには一発勝負ゆえの運要素や、採点ミス、あるいは某大学のように特定層だけ故意に点数を下げるといった不正も隠れているかもしれない。しかしそれでも、これほどまでに「努力が評価につながる」世界は他にない。憎まれ役の受験戦争こそが「努力が報われる社会」の最後の防波堤なのだ。

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投稿日時: 2019/06/21 ― 最終更新: 2019/09/14
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