図1:高瀬志帆『二月の勝者』2巻, 小学館, 2018年

『二月の勝者』2巻での、桜蔭を目指す桜花ゼミナールの女子トップ、前田花恋(かれん)がライバル校のフェニックスへ転塾してしまう話は、「中堅のトップ」が抱えるジレンマを表現しており、面白いエピソードだ。

他の生徒に足を引っ張られることを嫌った花恋は一時的にフェニックスのSクラスへ移るが(図1)、桜花ではトップだったのに、フェニックスでは逆に最後尾からのスタートとなったことで、他の生徒に埋もれてしまい「桜花のオンリーワン」から「フェニックスのその他大勢」へと転落する(図2)。その結果、精神的に少々病んだ状態に陥ってしまい、そこに人たらしの帝王・黒木が颯爽と現れ、「花恋はうちの女王であってくれ」と言い、まんまと自陣へと戻してしまうというオチである。しかも単にカムバックするだけでなく「ここが好き」と桜花ゼミへの帰属意識を一層強めており、完全に黒木の思うツボである(笑)。

図2:高瀬志帆『二月の勝者』2巻, 小学館, 2018年

「オンリーワン」とは「ナンバーワン」のこと

「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)」という言葉がある。鶏口は鶏のトップ、牛後は牛のビリ。中国の戦国時代、 蘇秦は韓王に対して、強国秦の下につく(牛後)のではなく、小国同士でも協力して自立した王者であることを保つ(鶏口)べきだと説いた。巨大組織の下っ端より、中小でもトップであれと。これで発動したのが『キングダム』でも描かれた合従軍(多国連合)である。

むしろ鶏口となるも、牛後となるなかれ

花恋は「自分は他人より優れてる」というプライドで自家発電し、好循環を成すタイプである。「勝ってるから勝てる」という先行独走タイプ。そんな彼女の転塾騒動はまさに鶏口牛後の話だが、この教訓話が適用可能かどうかは、当人のポテンシャルによるだろう。

「フェニックス Sクラス」という環境負荷は、花恋の能力に対して過剰だったのだ。だから危うく精神が潰れそうになってしまった。しかし一方で「環境が人を育てる」という言葉もある。花恋がもっと伸びる時期に転塾し、Sクラスの環境に耐えられるほどになっていたら、むしろ転塾によってさらに能力を発揮していたかもしれない。また物語ではかなり早い段階で桜花へ引き戻していたので、黒木が介入しなければ、結局花恋は伸びていた可能性もある(まあ黒木は金脈を逃したくないだけなので)。この手の話が「鶏口牛後」になるか「寄らば大樹の陰」になるかは、当人と環境のバランスによるのだ。

しかしそれでも黒木は語る(図3)。

「なんで『勉強ができる』って特技は、『リレー選手になれた』とか『合唱コンクールでピアノ弾いた』とかと同じ感じで褒めてもらえないんだろうね?」

『二月の勝者』2巻
図3:高瀬志帆『二月の勝者』2巻, 小学館, 2018年

塾という聖域

この台詞は非常に印象深い。私は小・中学時代は塾に通っていたが、塾の居心地が良かったのも、まさに「勉強できるやつが偉い」というシンプルでしがらみのない構造だったからなのだ。勉強家が学校に戻れば言われるだろう。「なに頑張っちゃってんの?」と。学校はメディアから影響を受けた「イケてる行動」が支配するヒエラルキーである。サッカー・バスケ・恋愛。むしろ勉学の落ちこぼれの多い環境ほど、こぞって自らの不得意な勉強の価値を貶め、「スポーツできるやつが偉いんだ!」という空気を押し付けようとする。勉強家というのは多くが理性的で争いを好まず、比較的大人しいので、そのような社会的な圧力に対抗しにくい。

一方の塾は違う。塾は大金はたいて勉強しにくる場所である。クラブ活動もないので、どんなにスポーツが得意でもそれを披露する機会はない。一方でクラス分けや席順は点数で序列されるから、つまり塾側が「点数高いやつが偉い」というヒエラルキーを明示するから、自然と勉強できるやつほど尊敬される構造になる。

私は大学受験には予備校などを活用しなかったので、大学受験における塾や予備校の利用にはあまり肯定的でない(というか意見をあまり言えない)のだが、精神的な保護をより必要とする小・中学生にとって、塾という聖域には十分な存在価値があると思う。

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投稿日時: 2019/06/20 ― 最終更新: 2019/09/14
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