『ドラゴンボール』と言えば「インフレ」。もうこれはほとんど合言葉のようなものであり、恐らく幼稚園児に聞いても「いんふれ!」という答えが返ってくるはずなので、鳥山明先生の作品は、我が国の経済リテラシーの高まりに深く寄与しているのである。

ところでインフレと言っても、実は毎回単純に何のヒネリもなく戦闘力が上がり続けてきたのではなく、シリーズごとにインフレの仕方に特色があることにお気づきだろうか。今回はフリーザ編以降、アニメで言えばDBZ以降のインフレの歴史とその構造を比較してみよう。

なおサイヤ人編、人造人間編はそれぞれフリーザ編、セル編の中に組み込んで一緒に考える。基本的な構造は同じなので。

フリーザ編(サイヤ人編)

フリーザ編におけるインフレ構造は「レベルアップ方式」、キーワードは「魔王」である。記念すべき「戦闘力…たったの5か…ゴミめ…」の名台詞と共に、果てしなきインフレの旅にいざゆかん(図1)。

図1:22世紀の教科書に載るであろう歴史的瞬間。農民、歴史標本としての名誉の戦死(鳥山明『ドラゴンボール』カラー版、サイヤ人編1, 集英社)

フリーザ編においては、最果てに見える巨大な敵が常に「魔王」として立ちはだかり、その圧倒的な強さによるストレスが、悟空たちの成長を促している。地球においてはベジータ、ナメック星においてはフリーザがそれである。そしてその時のZ戦士にとって程よい強さの中ボスが適所に配置されることにより、悟空たちが少しずつ階段を登るようにして、最上位に位置する「魔王」へと近づいていくのである(図2)。

特にナメック星においては、最初に用意されていた中ボスであるドドリアやザーボンではフリーザへのステップとして過小だったので、わざわざギニュー特戦隊を呼び寄せて悟空たちをパワーアップさせてくれるというサービス精神を発揮。やはりフリーザの人事力は半端なく、彼がDB界における上司にしたい存在No.1であるのは疑いないのである。

図2:圧倒的存在が後方に控えることにより、Z戦士の成長が促される( 鳥山明『ドラゴンボール』カラー版、フリーザ人編4, 集英社 )

ところで地球からナメック星へと舞台が移ることで、「魔王」のポジションがベジータからフリーザへと移行する構造には既視感がある。これ、サイヤ人編に入る頃の1988年に発売された『ドラゴンクエスト 3』におけるバラモス(地上)→ゾーマ(地下世界)への「魔王」ポジションと舞台の変化にソックリなのである(もちろんドラクエ3のキャラデザは鳥山明)。「ベジータはフリーザの部下の1人に過ぎない……」って、まんまバラモスとゾーマの関係である。

というわけで「フリーザ編はドラクエ」とまとめておきたい。

セル編(人造人間編)

セル編におけるインフレ構造は「過当競争」、キーワードは「切磋琢磨」である。

フリーザ編で超サイヤ人へと進化した悟空は、暫定宇宙1位の実力を手に入れる。惑星も余裕で破壊できるレベルの戦闘力なので、もうハッキリ言って単純な「強さ」としては十分過ぎ、もはや「それだけの強さに意味あるの?」というレベルである。

ところがそうはいかないのが「競争」の原理。必要あろうがなかろうが、俺はあいつより上でないと気がすまないんだ!という果てしなき過当競争により、DB世界の強さ限界は天井破りに上昇し続ける。

最初に「競争」を始めたのがドクター・ゲロである。ゲロはレッドリボン軍を滅ぼした悟空へ復讐するために(アニメだと「究極の生物を作る」が動機)、悟空を倒す手段として、悟空を含めた様々な武術家や生物の融合生物であるセルを生み出し、さらに人造人間16-20号を開発した(図3、悟空がセルに勝てない理由については「セル編は、悟空が修行しても勝てないところがイイ」を参照)。

図3: 「どうすれば強くなれるか」ではなく「どうすれば悟空を倒せるか」という発想(『ドラゴンボール』カラー版 人造人間・セル編 1)

悟空との「競争」の過程で作られた人造人間17,18号は、宇宙一強くなった悟空よりさらに強かった。しかしこれに負けないのが、根っからの競争屋であるサイヤ人である。すぐに修行を重ねて人造人間を追い越してしまう。

一方、セルもまた「競争」に明け暮れていた。ピッコロの強さを目の当たりにした彼は、姿を隠しながら人間を吸収しまくり、ついに人造人間やピッコロを圧倒する力を手にし、第二形態へと進化する。この第二形態は、さらにアホみたいに鍛えたベジータにあっという間に追い越されてしまうのだが、ここでも「競争」を求めるベジータに促されて、幸運にも18号を吸収、完全体へと進化する。そしてベジータのときと同様、楽しい戦いを求める「競争」の心理によりセルゲームを主催(図4)。これによって悟飯の真の覚醒が促される……という流れである。

図4:セルの成長手段が吸収という他者依存だったのも興味深い(『ドラゴンボール』カラー版 人造人間・セル編 6)

こうした「競争」と、それに勝つための敵・味方同士による「切磋琢磨」が、セル編のインフレを引き起こした。敵側も努力の末に強くなるのが特徴で、ライバルの成長をあえて促すあたりから「セル編はスポ根」と言えるかもしれない。

フリーザ編と比較すると、遠くにそびえ立っていた「魔王」に牽引されて徐々に強さを増した展開とは異なることに気がつく。セル編は「目の前にいるこいつさえ倒せば、オレが宇宙最強!」という世界での、果てしないデスレースなのである。宇宙一の座を奪取しても、すぐまた別のやつに奪われてしまう。こうして宇宙一を次々に奪い合う熾烈な過当競争が繰り広げられた結果、外部の者(ヤムチャとか)から見ると「こいつらどこまで行くんだよ……フリーザがゴミのようだ」というインフレし過ぎな状況になってしまったのだ。

魔人ブウ編

ブウ編におけるインフレ構造は「バーゲンセール」、キーワードは「退場」である。

実はブウ編まで来ると縦方向のインフレは収束していく。少なくともこれまでと同じような形でのインフレはしていない。そもそもブウ自体が強くなっているのか弱くなっているのか曖昧である。善→悪→悟飯吸収、あたりまでは直線的に強くなっていると思われるが、最後の純粋ブウはパワーダウンしている可能性が高い。倒したのも結局、序盤に出てきた悟空の超サイヤ人3だった。

(他のゲームなどでは優劣がハッキリしているかもしれないが、ここではあくまで原作から読み取れる範囲で。まあベジットという外れ値も存在したけど)

ブウ編で起こるのは、言わば横方向へのインフレ拡大である。つまりゴテンクスに代表されるように、強いヤツが過程をほとんどすっ飛ばしていきなり出てくる、強さの「バーゲンセール」状態(図5)。それを支えているのが「退場」というシステムである。

図5: ブウ編の構造を見事に言語化したベジータの名言(『ドラゴンボール』カラー版 魔人ブウ編 1)

ブウ編では、ヒエラルキーの頂点を維持するブウからのストレスによってZ戦士たちの覚醒が促されているので、一見フリーザ編に近いように見えるのだが、ブウはフリーザと違って「部下を持たない」のが特徴。

これによってブウと戦う戦士は、段階的にレベルアップできたフリーザ編と違い、いきなり強くならなければならない。そのためフュージョンや潜在能力の引き出し、ポタラといった「強くなる過程をすっ飛ばす手段」が登場した(図6)。ドラクエの喩えを使うならメタルキング狩りみたいな?

図6:フュージョン+SS3というドーピングにより、あっという間に最強になるチビたち( 『ドラゴンボール』カラー版 魔人ブウ編 6)

最初にブウと戦える強さに到達した(していた)のは悟空だが、ここでブウ編に特徴的なシステム「退場」が登場する。ブウを倒せるようになった戦士は「退場」してしまうのである。

悟空は地上での制限時間が尽きて「退場」する。続いてスーパーゴテンクス 3がブウを倒せるレベルになるのだが、一回目は時間切れ、二回目は吸収という形でまたしても「退場」。もちろんその後のアルティメット悟飯やベジットも同様に「退場」。

こうして絶対王者ブウに次々にZ戦士が挑み、勝ちそうになったやつは裏からの圧力で消えていくという形で、最強クラスの強さを持った戦士たちが「バーゲンセール」的に増えていった。そこで「ブウ編は王座防衛戦(大人の事情込)」とまとめておきたい。

余談ながら、私はブウ編をリアルタイムで追いかけていた時、ジャンプが発売されるたびに「雑誌開いたらブウに全員殺されてないかな」と不安だった。ブウの圧力は本当に半端なかった。最強の敵が常にすぐ隣にいたからだ。

特にピッコロが精神と時の部屋へブウを案内している辺りはストレスで心臓がマッハ。言うなれば、ナメック星に来た直後から「じわじわとなぶり殺し!」モードのフリーザが近所をうろついているようなものである。しかもブウの再生能力って、ピッコロやセルと違って体力損失無しの完全復元。「もう戦うだけ無駄じゃないか」と思って、ブウの姿を見るたびに圧力を受けてた。ブウ編でZ戦士たちが受ける切迫感というのはそんな感じ。

まとめ

いかがだったろうか。これまでの話を整理すると以下のようになる。

  • フリーザ編:最終目標を目指して段階的に強化
  • セル編:目の前の敵の一歩先を目指して飛び飛びに強化
  • ブウ編:ブウに勝てるやつが出現しては消えて最強を量産

所感を述べると、やはりブウ編まで来ると、これまでのような単純なインフレの繰り返しでは飽きられると思って構造を大きく変化させたのだと思う。ボトムアップからトップダウンへの変化みたいな。

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投稿日時: 2019/08/15 ― 最終更新: 2019/09/26
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