図1:荒木飛呂彦『バージニアによろしく』集英社, 1982年

密室こそが究極のサスペンスだと信じていた頃の作品。キャラクターもストーリーを進行させる「駒」のひとつととらえていた。

作者による『バージニアによろしく』へのコメント

「なんで荒木飛呂彦はマンガで低予算映画撮ってるんだろう?」というのが読んだときの感想だった。

『バージニアによろしく』(図1)は、典型的な低予算映画の密室劇なのである。主人公は船長とロボットと共に航行している宇宙船の乗組員で、ある時突然第三者から、船に爆弾を取り付けたと通告される(図2)。犯人の仕掛けた罠を突破しながら、3人は協力して爆弾の解除を目指す。

図2:『バージニアによろしく』

この作品の表現技法――カメラワークやサスペンスの演出――がまさにフィルム的であり、作者がマンガという媒体を使って『バージニアによろしく』という作中作を撮り、上映しているのではないか。そんな不思議な感じすら受ける作品なのだ。描いているのではなく、撮ってる。マンガというよりは絵コンテを見ているような、そんな感じ(図3)。

無論、荒木飛呂彦は学生時代に年間数百本も映画に触れていたシネフィルである。自身既に二冊も映画語りの本を出しているほどで、デビュー作『武装ポーカー』(’80)の冒頭から既に映画的なカメラワークを駆使していた。初期の読み切りはどれも映画の影響が非常に濃いが、この『バージニアによろしく』はその極地と言っていい。

図3:『バージニアによろしく』

ただここで、お金のない映画青年がペンを取ったときに浮上するジレンマがあるわけで、それはつまり「マンガで映画を撮ってどうするんだ?」という問題なのである。

表現手段としてマンガが映画に対して持っている優位性の1つは予算である。映画は派手なシーンや凝った演出、多彩なロケを駆使するほど予算がかさむので、監督は予算に合わせて演出を妥協せざるを得ない。これはCG時代でも同様である。ところがマンガなら、群衆だろうが宇宙人だろうが世界旅行だろうが、ペン1本で描くことができるから、そのような予算の呪縛から自由でいられる(時間と手間はかかるけど)。

さて、再び『バージニアによろしく』に戻ってみると、この作品はマンガにも関わらず、B級映画が低予算でサスペンスを演出するためのギミック、すなわち密室という状況をわざわざ「再現」しているのである。本作に登場する宇宙船内部は主人公と船長の船室、そして爆弾が仕掛けられた廊下くらいであり、80年代でもロボットをストップアニメーションで動かせば、実際に低予算で映画版『バージニアによろしく』を撮れそうだ。

しかしこれは、マンガが持つ優位性をわざわざ放棄しているとも言えるわけで、本作は「マンガならではのもの」ではないのである。もう少し言うと、低予算映画にとって密室とは演出の手段に過ぎないが、このマンガにあってはそれが表現の目的と化している。あるいは、荒木飛呂彦は映画からその技法を盗むことによって漫画家として成功したものの、この時点では彼という作家の論理があまりにも映画に支配されてしまっていて、映像技法によってマンガの中で映画を作らされてる。

荒木飛呂彦の創作ルーツとして

ただ荒木飛呂彦が極端に映画的なマンガを描いていたのは『武装ポーカー』『アウトロー・マン』(’81)そしてこの『バージニアによろしく』の初期3作品くらいで、『ゴージャス★アイリン』(’85)辺りになると、もうかなりマンガらしいマンガを描いている。最盛期である『ジョジョの奇妙な冒険』第三部では、浮かび上がるスタンドのバトルを繰り広げながら世界各国を渡り歩くという、マンガの強みを最大に活かしたスケール感で人気作家の地位を不動のものとした。

それと冒頭の引用で、この時代の荒木がキャラを「駒」としてしか見ていなかったとコメントしているが、『連載終了!』(’16)の巻末対談の中でも、ジャンプ五代目編集長の堀江も同様の指摘をしている。彼によれば、荒木はマンガにおける「キャラ」の重要性に気づいてからかなり伸びたという。

もともと彼もストーリーテリングが巧みだったのね。でもキャラに魅力がなかった。ある時そこに気付いたんだな。そこで横系をいっぱい入れるようになったらグーーって良くなった。

巻来功士『連載終了!』集英社, 2016年

映画とマンガの大きな違いの1つが「登場人物」と「キャラ」の差異である。映画の発想からスタートした荒木飛呂彦作品は、次第に「真のマンガ」へと進化していったのだ。

ここまで書くと、じゃあ『バージニアによろしく』は修行時代の下積み的な作品なのかというと、別にそんなことはない。むしろ、荒木の読み切り作品の中ではユニークで面白い部類に入る。ラストシーンも印象深い。読後感がまさに「良く出来た短編B級映画」を観たような感じなのである。

それと「密室サスペンス」というのは『ジョジョの奇妙な冒険』以降でも繰り返し出てくるシチュエーションである。例えば第4部でアトム・ハート・ファーザーに襲われる場面とか、読み切りの『死刑執行中脱獄進行中』(’94)とか。そういう荒木的なサスペンスの原点が、この『バージニアによろしく』にはある。作者のルーツを知る上でも、非常に重要な作品であると思う。

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投稿日時: 2019/08/09 ― 最終更新: 2019/08/16
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