図:荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫本2巻, 集英社, 2002年

『ジョジョの奇妙な冒険』と言えば「人間讃歌」である(上図)。これはもう、当たり前のようにセットで語られる。「人間讃歌」と言えば『ジョジョ』!この少年マンガにしては些か小難しい、分かるような分からないようなテーマも、荒木のアーティスティックに洒落たビジュアルと、幾何学的かつマニエリスティックな頭脳戦に載せられると、大変それっぽく聞こえ、マンガ少年たちは大喜びで「人間讃歌」のシュプレヒコールを始めたのだ。「さすが荒木!他のジャンプ作品が持たない深遠なテーマを平然と盛り込んで見せる!」

私も昔、知り合いに『ジョジョ』を薦める際には「『ジョジョ』ってさ、『人間讃歌』なんだヨ……」と語ったものである。

ところが2012年、SPURムック『JOJO menon』に掲載された荒木飛呂彦インタビューには、衝撃的な告白が載っていたのだ。

『JOJO menon』集英社, 2012年

あれはね、なんか成り行きなんですよ。コミックスの第1巻が出るときにコメントを書かなくてはいけなくて、それで思いつきで書いたのが“人間讃歌”。でも『ジョジョ』は、機械とかに頼らないバトルマンガというか、要するに肉体と精神の戦いを描きたかったから、そこを表現するのに“人間讃歌”が適当だったのです。われながら書いておいてよかったなと思いますよ。25年前の自分にありがとうですね(笑)。

『JOJO menon』

なんということであろうか。私が長年心から信じて疑わなかった偉大なるテーマ「人間讃歌」が、コメントに困って書いたとっさの思いつきだったなんて……。私の信じた黄金精神はどこへ?『ジョジョ』が人間讃歌だというのは、もっともらしい後出しに過ぎなかったのだろうか?

いや、しかし荒木飛呂彦は次のようにも語っている。

登場人物は敵も味方も全員が「前向き」である。生きる事に疑問を持つ人間はたぶんひとりも出てないはずである。主人公たちはそういうヤツらを相手に乗り越えて行かねばならない。

荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険』文庫本1巻あとがき, 集英社, 2002年

例え間違ったことでもバシッと言ってもらえる方がいい。視点によっては正義と悪っていうのは変わるんだというのが最近わかってきたんですけど、やっぱり第5部のディアボロのように他人を踏み付けにしたらそれは悪だろうな、ということを決めたんですよ。で、決めたらそこに疑問は持たない!『ジョジョ』に関しては「人間は絶対肯定する!」、もう「人類のために描く!」と、そこまで行くっていうか、自分で信じていますね!!

荒木飛呂彦『JOJO A-GO!GO!』集英社, 2000年
荒木飛呂彦『JOJO A-GO!GO!』集英社, 2000年

なんという作者の超・前向き思考だろうか。

「例え間違ったことでもバシッと言ってもらえる方がいい。」というのは、強引なようだがその通りだろう。結局、価値観や考え方は相対的なものなので、世の中のあらゆる事は、視点や立場を変えれば正しくも間違いにもなるからだ。一々批判的に考えていたら自分を保つことすら難しくなるし、何が正しいか確定できないからこそ、何があっても「ブレない」ということが1つの正しい生き方にもなる。で、荒木飛呂彦は「人間は素晴らしんだ」ということを、何が何でも主張し続けると。

……そうか、そうだったのか。『ジョジョ』のテーマが最初から「人間讃歌」と決まっていたわけではない。「人間讃歌」の精神を体現する超前向き男が『ジョジョ』を生み出していたのだ。

マンガの記事一覧

LINEで送る
Pocket

投稿日時: 2019/08/09 ― 最終更新: 2019/08/16
同じテーマの記事を探す