投稿日時:2019/03/23 ― 最終更新:2019/03/24

ここ数年で急増、というか濫造されているスピンオフ漫画の中でも随一の完成度を誇る、『賭博黙示録カイジ』のスピンオフ作品。ギャンブル漫画『カイジ』の初代中ボスであり「Fuck you. ぶち殺すぞ・・・・・・ゴミめら・・・・・!」や「金は命より重い」といった金言箴言が未だにカルト的な人気を誇っている利根川幸雄が主役の、1話完結ギャグマンガとなっている。利根川は、原作では貫禄抜群の中ボスであるものの、組織図的には上は兵藤会長に頭を下げ、下は黒服の部下たちの信頼を得る必要のある中間管理職だった。その板挟みの人間関係の悲哀を、現実のビジネスシーンに重ねながらコミカルに描いている。

全体としてギャグの質が安定しており、毎回安心して楽しめることはもちろん、『トネガワ』の秀逸な点は、原作の設定を活かしてキャラクターや世界観を掘り下げた点にある。

限定ジャンケンはいかにして生まれたか

例えば利根川と聞いて想起されるシーンと言えば、もちろんギャンブル船での大演説である(図1)。原作ではこの演説に「感涙する者大挙」とまで書かれている。

図1:福本伸行『賭博黙示録カイジ』1巻, 講談社, 1996年

ところが『トネガワ』では、物語に都合よく進行するこの利根川劇場に「何度もギャンブル船を繰り返すうちに、ベストコンディションで演説できない状況も生まれるはず」という現実的なトラブルを想定し、ギャグにしてしまう。ノドを痛めて演説不能になった利根川の代わりに黒服が代役を務めようとするのだが(図2) 、案の定、利根川のような貫禄を再現できず 、演説は炎上状態に陥る。

図2:福本伸行 (協力), 萩原天晴(原作), 三好智樹(漫画), 橋本智広(漫画)『中間管理録トネガワ』5巻, 講談社, 2016年

他にも原作の「限定ジャンケン」勝負では、使用するジャンケンのカードをお互い箱に投入して勝負するのだが、原作では単に「カードはボックスに入れられると、自動的に集計され」るとしか説明されていない。

しかし原作のこのカードボックスは、よく見れば磁気などの読み取りには不適切な構造であり、一体どうやって投入されるカードを判別しているんだという話になる。さらに用意されるべき磁気カードも膨大な枚数に及ぶ。『トネガワ』では、この原作での描写の甘さを逆手に取り「部下の手違いや連絡不足で、ただの紙のカードが大量発注されてしまった」「内部に人間が入って判定している」といったユーモラスな顛末を仕立て上げ、その強引な力技をどう実行するかに四苦八苦する様が描かれる(図3)。

図3:『中間管理録トネガワ』3巻, 2016年

原作の行間に無限の現実を想定する

『カイジ』におけるギャンブル船は、現実に存在すれば途方もないスケールである。もし在るとすれば、計画の立案から設計、リハーサルまで含めて膨大な労力が投入されていたはずである。しかしストーリーはあくまで舞台ありきで進行し、細部のリアリティや実現可能性の考察は捨象されていた。「もしそんなものが存在するとすれば」という架空性の強い状況下で、放り込まれた人間や心理だけがリアルであり、異常な状況においてどのような人間関係や騙し合いが発生するかを生々しく描写したのが『カイジ』というマンガだったのだ。『トネガワ』はそこに「マンパワーの限界」「コミュニケーションの齟齬」といったものを抱えるリアルな会社組織を持ち込み、実現困難なデスゲームの制作過程を異常に細かいレベルで描いてギャグにしてしまう。

この作品は言わば、『カイジ』に一種の空想科学的な考察やツッコミを入れたものと見なすことができるだろう。原作で描かれていたことを絶対の現実と仮定し、その現実に到達するまでの過程に無数の舞台裏を想定することができる。そしてこれこそが『トネガワ』の豊かな点なのだ。本作は、商業主義によって濫造され、キャラ崩壊などで売れているコンテンツを水増しする質の低いスピンオフとは違い、『カイジ』世界の楽しみの奥行きをむしろ深めるのである。

私は子供の頃、柳田理科雄の『空想科学読本』の大ファンで、『アルプスの少女ハイジ』のブランコが実在すれば、とんでもない高さから吊るされているはず、といった指摘を大いに楽しんだものである。そういった考察は野暮なものでは決してなく、むしろ作品の細部により注目し、それらについて考えたり論じたりするための、作品世界を膨らませる有益な示唆を含んでいた。

このような空想科学的な話の膨らませ方は、同じ講談社から出ている『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿』にも共通している(図4)。この作品では「犯人のトリックを、推理に従い忠実に実行していたらどうなるか」という考察を展開してギャグ化しており「そもそも一般人のフリをする演技が恐ろしく大変なこと」や「トリックの実行にはSASUKE出場レベルの心技体が求められること」などが、ユーモラスに暴かれている。

図4:船津紳平『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿』1巻, 講談社, 2017年

なお『トネガワ』には上記のような原作での舞台裏を想像したものから、帝愛の兵藤会長などのぶっ壊れキャラたちをいじった、セルフパロディや時事ネタに満ちたギャグ回もあるのだが、こちらもネタが良く考えられており出来が良い。そもそも『カイジ』の作風自体が引用やパロディに適していてクォータブルであり、倒置法の乱用や唐突なアルファベットを交えた福本節による「カイジ風にxxxを説明する」みたいなネタは昔から定番であった。言ってしまえば『カイジ』という題材をネタとして選んだ時点で本作は勝っていたのであり、利根川や兵藤のようなカルト的人気を博しながらも原作で出番の限られたキャラクターを掘り下げた本作は、原作ファンの需要を的確に捉えていたと言える。今後もこの『トネガワ』と、後発のグルメ漫画調のスピンオフである『1日外出録ハンチョウ』は、スピンオフ作品を語る上で 重要なポジションを占めるだろう。『ハンチョウ』も本作とはまた違った方向性でギャグ化しており、『トネガワ』を楽しめた人にはオススメである。

LINEで送る
Pocket

同じテーマの記事を探す