投稿日時:2019/02/20 ― 最終更新:2019/03/15

親子関係は、子供が幼児期、思春期、青年期と成長するに従い、蜜月、対立、倦怠、昵懇へと変化するのが1つのモデルと言えるだろう。そして20代半ばにもなれば、親の苦労も分かり自分も生活力を持ち、また親も過度に世話を焼く必要がないから、友人と親子が入り混じった不思議な間柄に変化しやすくなるが、『響子と父さん』が描くのがこの間柄である。単行本カバーは絶妙にこの親子関係を絵に表している。響子は結婚を考え始めたイラストレーターであり、父さんの頭皮には白髪が整列していて、母さんが二人を見守っている。

内容的にはこのような昵懇の、友人のような、家族のような、そんな付かず離れずの親子関係をベースとした日常系ほのぼのギャグで『それでも町は廻っている』系統のバリエーションの1つと言え、岩崎家の父さんの中年ボケっぷりとエスプリが絶妙で笑いを誘う。

父さんの軽妙な語りの魅力

例えば第1話で父さんは「菜箸が料理の際、いかに絶妙な距離感を確保しているか」という話を唐突に語り始める。この語りは響子が別の方向にツッコミを入れてしまい中途で終了してしまうのだが、父さんは内心「絶妙な距離感の話へ持って行きたかった」と残念がる(図1,2)。

図1:石黒正数『響子と父さん』p.10, 徳間書店, 2010年
図2:『響子と父さん』p.11

この一見変哲のない日常会話に伏流する、父さんのブロガーとしてのセンスを感じ取りたい。彼は「一見意図不明の出だしで興味を引き、それを意外のオチに持っていって、眼前の出来事へ結びつける」という、語りの基礎の呼吸を、リアルタイムの日常会話で出せるほど熟達しているのである。また「日常のあらゆるところに語りの種を見出し、それを自分の知識に結びつけて面白可笑しく語る」という、優れたブロガーに共通する素質も備えている。

行く先々でも、父さんのウィットに富んだ語りが止まらない。

中間の厚さを飛ばしていきなり薄くなったよなあ…テレビって。まるで突然変異で首が長くなったキリンの進化の謎が……

『響子と父さん』p.13

「俺は昔、胃腸が弱くてガリガリにやせてたんだ…」
「いきなりなんの話?」

『響子と父さん』p.39

響子が連れてきた結婚相手に「一族の掟に従い…」とか語りだす辺りでもう爆笑である。こんな父を、私は持ちたい。また父になるなら、これくらいのエスプリを通常技のように繰り出せる、市井の傑物になりたいものである。

中年のリアリティ

これほど愉快過ぎる父さんなのだが、一方で典型的中年としての側面も多分に含んでいる点に、妙なリアリティが宿っている。オーディオを「なんで聴いたって同じ」と一絡げにするテクノロジー認識の大雑把さとか、収集した記念切手を片っ端から切り離して「使いやすいだろ」と言い放つ、つくり手の意図の無視っぷりとか(図3)。若い人間との感覚や価値観のズレが、卑近なスケールで描かれており微笑ましい。それに文句を言いながらも温かく見守る響子と母親の視線に、豊かなヒューマニズムが流れている。

図3:『響子と父さん』p.51

石黒正数の日常系コメディの面白さは『サザエさん』とも『こち亀』とも違う。こういう、いかにも遍在していそうなモダンな日常描写の中に「こんな絶妙のボケとリアクションをする人たちがいてくれたらな」という願望を当てはめたのが、彼一流の笑いの作り方だと思うのだ。

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