投稿日時:2019/02/09 ― 最終更新:2019/03/04

負けることは恥ではない!
戦わぬことが恥なのだ!
真剣勝負を制するものは技術でも体格でもない

山口貴由『覚悟のススメ』1巻

『覚悟のススメ』ほど、恐れ知らずの英雄を見事に表現した作品が他にあっただろうか。

最初に断ると、大変表現がキツい作品である。文明崩壊後の世界で、特殊な鎧を着込んだ武術の達人である葉隠覚悟(はがくれかくご)が戦いを繰り広げるストーリーなのだが(図1、『北斗の拳』に近い)、開始わずか8ページにして、ほとんど何の物語的必然性もなく女子高生が脳ミソと内臓を、電子レンジで加熱し過ぎた卵焼きみたいに飛び散らせてしまい、少年漫画への宣戦布告とも言える衝撃の幕開けを行う(驚くべきことに少年チャンピオン掲載作である)。山口ファンの私でも、この時期の彼の人物造形特有の生理的キモさと、残酷のための残酷、チンコだの精子だのが何の躊躇いもなく紙面に飛び狂う狂乱ぶりに目眩がして、通読の過程で何度か巻を置かざるを得ないほどである。『シグルイ』の登場人物たちは、身体を切られたから内蔵が飛び出てしまうのだが、『覚悟のススメ』だと、逆に内臓を散らすために積極的に切られに行くフシすらある。

図1:山口貴由『覚悟のススメ』合本版2巻, 秋田書店, 2007年

そんなわけで、びっくりするほど気色悪いマンガなのだが、私は食欲を減退させながらも、このマンガを繰り返し棚からさらってくる。それは何故かと言えば、正直に申せば、登場人物たちのあまりの豪傑ぶりが忘れられないからなのだ。このマンガの主要人物に通底する姿勢とは、人間の持つ恐怖心への絶対的な優越の主張であり、またその優越を、我こそは、と表現してみせる美学である。

苦痛を笑い飛ばす不敵

例えば他のヒーローマンガでも当然、主人公らは勇猛であり不屈の闘志を秘めているだろう。しかし彼ら英雄は「絶望的な状況にも立ち向かう」とか「自らの人生を犠牲にしてでも目的を果たさんとする」といった点において勇猛なのであって、強敵との戦闘となれば、被害を最小限に抑えつつ目的を完遂しようとする。むしろ、いかに力を出し惜しみして脅威を排除したかでその力を誇示しようとする。それは「クール」で「クレバー」な姿勢である。

一方で本作の主人公らの豪傑ぶりは、他のヒーローマンガとはベクトルが違う。 そのような合理的計算を端から投げ捨てているのである。悪側の英雄であるラスボスですら、手下を投げ捨てて不利な戦いに単独特攻するほどの、向こう見ずな豪気の暴走特急とでも呼ぶべき猪突猛進ぶりを繰り返し、実際にそのせいで瀕死の重傷を負ったりもする。主人公覚悟が、自分の内臓を飛び散らせながら「五分と五分だぜ!」と猛ってみたり(相手はかすり傷を負っているだけ)、相手の必殺技が「たかが腕を吹き飛ばしただけ」だったので「俺を倒す術はない!」と豪語して見せるのは、尋常の掛け合いではない。彼らにあっては、己の肉体などその不退転の精神を表現する器に過ぎず、彼らの至上目的は、自らが背負う使命よりもむしろ、己の矜持を貫くことにあるとすら言える(図2)。

図2:山口貴由『覚悟のススメ』合本版2巻, 秋田書店, 2007年

本作における英雄性の輝きとは、己の精神が肉体的恐怖を超克しているという高らかな宣言にある。その信条を貫くために、登場人物らはあえて「愚直」たらんとする。それは現代的な能率主義や物質主義への破壊的反抗であり、その命知らずの流儀は、いかに「スマート」な知能戦を描くかに腐心する近年のマンガを軽薄なものにさえ思わせる。作者の山口が幾度も繰り返し口にする「ヒーロー」という単語。ここには英雄の気骨が、豪傑の野生が、鮮烈なイメージとなって具現化されているのである。

図3:山口貴由『覚悟のススメ』合本版1巻, 秋田書店, 2007年

言葉の芸術家、山口貴由

その作者の理念を体現するのに重要な役割を果たしているのが「言葉の力」に他ならない。山口はマンガ家の中でも稀に見るほど言葉に対して鋭敏な感性の持ち主であり、彼は決して紋切型の掛け合いでは妥協せず、その言葉の1つ1つが読者の心を強く打つものばかりである。「覚悟完了」や「人類完殺」に代表される、特大フォントを用いた四字造語は取り分け印象深く、キャラクターの信念を表現するための画期的発明と言える(図3)。

山口貴由というマンガ家は、商業の世界において数少ない芸術家肌の作家であり、この作品にも彼の美意識や独自性が存分に発揮されている。ゆえに『覚悟のススメ』は、時代を超えた輝きを放っているのだ。

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