投稿日時:2018/09/09 ― 最終更新:2019/03/01

画太郎の作品は常に犯罪的であった。彼はあらゆる道徳や倫理を冷笑し、ドラマツルギーを捻じ曲げ、霊長類の把握し得る論理を超えた次元において、マンガを犯罪的芸術へと昇華させてきた。しかしこの『星の王子さま』を以って、画太郎の作品はついに「犯罪的」を超えて「犯罪」そのものとなったのである。

名作の画太郎ナイズ

『星の王子さま』こそは、漫画界に残された犯罪の「指紋」である。その中ではサン=テグジュペリへの敬意など、微塵も認められない。

例の如く、王子はフルチンで処刑斧を振り回す狂人へと改変され、操縦士である「わし」こと「パヤオ」の足をいきなり切断する。本作は星々を旅する中でパヤオがボロ雑巾のように王子や仲間たちから虐げられ、圧倒的理不尽を押し付けられる、この画太郎的様式美に満ち溢れたギャグを楽しむ痛快な作品である(図)。しかも過去作に比べ、解釈に戸惑うようなぶっ飛んだギャグはなく、かなり理解しやすい(それでも品行方正な大多数の大人たちは、理解する前に捨てるだろうが)。コピペも珍しく少なめで比較的丁寧に描かれ、無駄にハイクオリティな画を存分に楽しめる。相変わらず休載が多いが、画太郎にあっては休載もギャグなのである。

図:漫☆画太郎作『星の王子さま』1巻, 集英社

ここでは画太郎マンガを構成する諸要素、すなわちチンコ・ギロチン・理不尽・ばばあ・バイオレンスといったものが、世界に愛される宝石のような作品を侵食している。「画太郎的なもの」が『星の王子さま』と悪魔的な奇形融合を果たし、とてつもなくおぞましく、背徳的で、それでいて滑稽な「何か」を生み出している。通俗的な表現では、原作の良さを損なうメディアミックスのことを「原作レイプ」と呼ぶが、それとは全く別の何かが起きている。画太郎の倒錯した感性をべたべたと変態的に塗りたくることで、原型を全くとどめない「名作の成れの果て」を生み出すこの黒魔術的手法を、私は「原作顔射」と呼びたい。

誰かこいつを止めないでくれ

これこそまさに文学界に対するテロリズムであり、「犯罪」そのものである。そして『星の王子さま』を読むとき、読者もまたその犯罪の共犯者となり、この画太郎イズムに汚染され尽くされた禁書を読むという愉悦に耽溺するのである。これを無差別テロにしないためには、本書は決して本屋で平積みされるべきではないし(そんな置き方をする店員は狂人である)、Amazonの検索結果からも消して、何かの間違いで文学少女などの手に渡らないようにすることを提案する。

このようなテロ行為は、かつて『罪と罰』に対しても試みられたが、恐れを知らぬ我らが画太郎があまりにもアヴァンギャルドであったため、逆に未遂に終わった。『罪と罰』は単に画太郎の創作意欲を刺激するための足がかりとして出オチで消費され、画太郎は文学界へ宣戦布告だけしてどこかへ飛び去った。この時、天の国にいたドストエフスキーも胸をなでおろさずにはいられなかっただろう。しかし『星の王子さま』においては、画太郎が凡人にも理解可能なように、その疾風怒濤の創造性を制御したために、ついにこのような犯罪として結実してしまった。文学界にとっては全く不幸なことであり、漫画界にとっては大変愉快なことである。

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