投稿日時:2019/02/03 ― 最終更新:2019/05/23

5歳の時からビデオゲームに取り憑かれていて、放課後に校庭で遊んだことなど1度もない。日夜ゲームの研究に余念がなく、少しのミスからクリアに失敗したときなど本気の涙を流した。青年と呼ばれてからは、俺はハラヘラズとうそぶいては頬をこかし、ホームゲーセンにある全てのタイトルを制覇してみせると息巻いた。私にとってゲームは、自分の世界の宇宙であった。きっと、この人も同意してくれるに違いない。

『ピコピコ少年』こそはゲーム少年回想録の決定版で、押切蓮介の少年時代の、陶酔的かつ退廃的なビデオゲーム三昧の日々を濃縮して生成されたヘロインのようなマンガである。作者の押切はガチのゲームマニアなので、その描写の細かさはその辺のゲームマンガの追随を許さない。世のあらゆる趨勢を無視して破滅的にビデオゲームにのめり込んでいくゲーマーの性が、実に良く描かれている。80-90年代のマジもんのゲーム少年を、これほどまでに克明に描いた作品は他にない。

『ハイスコアガール』との比較

後に本作を元にして描かれた『ハイスコアガール』は、言わばこのヘロインの毒性や中毒性を可能な限り希釈して合法的に販売できるようにしたフルーツパフェであり、エンタメとしての完成度を高めたものである。『ハイスコアガール』は万人に向けた作品であるが、押切固有の不条理描写は手控えられ、子供の醜さや糞の如き現実が丁寧に除去されたファンタジー世界に収まることで、主人公たちは美しき思い出とゲーム三昧の日々を両立していく(図1)。『ハイスコアガール』はフィクショナルなゲーム少年の物語であり、ゲーオタの妄想的虚構空間であり、従って健全な甘菓子である。この作品の方が、大勢の読者には遥かに薦めやすい。

図1:押切蓮介『ハイスコアガール Continue』1巻,スクウェア・エニックス,2016年

一方で『ピコピコ少年』 は、ビデオゲームに耽溺した少年時代の剥き出しの情熱・羞恥・怨念をぶっ込んだ、作者のあられもない自叙伝となっている。『ハイスコアガール』で主人公と少女が色恋沙汰を巡って格ゲーする一方、『ピコピコ少年』では『ファイナルファイト』のSFC移植に興奮した押切少年らがツバを飛ばしながら狂喜し(図2)、友人を対戦で叩きのめして絶縁状態となり、ゲームボーイを地面に投げ捨てられた怒りで友人を殺しそうになる。押切の、自分の好きなものには一切妥協なく、公衆の面前でもアイドル声優を(対戦で)叩きのめしてしまう様、ゲームという灯火を絶やさぬためなら己の人生すらくべてしまう破滅の本性が、まるで自分のことのようだと思った。

図2:押切蓮介『ピコピコ少年』太田出版, 2009年

そのゲーム狂いの日々に格ゲー美少女が割り込む甘美なファンタジーなど1ミリもなく、ゲームに対する少年たちの欲望と狂気がひたすらに実寸大で描かれている。1つ1つのエピソードが微に入り細を穿つリアリティで、というかあまりにも見覚えのある話ばかりで、恐らくこれらは本当に脚色の少ない、押切の生の思い出の漫画化なのだろうと思う。

少年社会とは醜いもの

『ピコピコ少年』は少年時代のはしたない現実を、全くオブラートに包まずありのまま描いてしまっているのだ。それでやっぱり20世紀の「ゲーム少年の思い出」なんて、ゲームが一種の反社会的な行動とさえ見做され、子供たちが裏でやる地下活動的なものだったのだから、人倫の及ばぬ無法地帯であり、みっともなさに満ちていて当たり前なのである。ゲーセンでのトラブルや、ゲームソフトを巡っての争い、親との駆け引き、etc, etc…。一方でそういう大人たちに理解されないアングラ的な活動だったからこそ、禁じられた遊戯をいかに遊ぶか、その苦労と喜びの記憶が強いノスタルジーとして共有されるのである。

1巻の終盤、仲間内で自作した「秘密基地」に籠もって、雨音をBGMにゲームボーイを遊ぶシーンが好きである(図3)。「秘密基地」の内部は、時間の流れが外と違う感じがある。外界から守られていて、それでいて刺激的。大人になってどんなに豪奢な部屋に泊まっても「秘密基地」を超える至福の空間はないと思う。その自分たちの城が、大人社会の道理で否応なく破壊される不条理もまた「秘密基地」特有の儚さであろう。

図3:押切蓮介『ピコピコ少年』太田出版, 2009年

作中で息を吐くように紡がれる、ビデオゲームをプレイすることの至福を言葉に乗せたポエジーがたまらない。

隠されたゲームウォッチは必ず洋服ダンス一番下のカーディガンの中に隠されるのさ。そう…ぼくはこのゴリラを一日三回倒さなきゃ気がおさまらないんだ

源平討魔伝で頼朝を倒すために義経や弁慶を斬りつけたいし、スプラッターハウスでジェニファーを助けるために怪物の首をコンコン斬りたい!!

俺の脳をますますバカにさせる良ゲーだぜ!!

押切蓮介『ピコピコ少年』太田出版, 2009年

私が思うに、自然界にはない刺激を反復するビデオゲームは、人間の脳のある種の設計ミスを突くことにより不正に快楽を引き出しており、彼の詩的なゲーム語りは、世の流れや摂理に逆らってこの人工天国に耽溺する快楽を巧みに表現しているのだ。

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