君たちが合格できたのは

父親の「経済力」
そして、母親の「狂気」

高瀬志帆『二月の勝者』1巻, 小学館, 2018年

読んで予想を裏切られたのが「『ドラゴン桜』と切り口が全然違う」ということだった。受験漫画となれば、何はともあれ『ドラゴン桜』を引き合いに出さないわけにはいかない。確かに「実績低迷に悩む塾に、およそ教育者とは呼び難い破天荒なリアリストが現れて改革を断行する」という大凡の筋書きは似ている。

しかしこの作品は

  • 中学受験を扱っている
  • 主役は特定の生徒ではなく塾全体

という2点により『ドラゴン桜』とは全く異なる作品となった。

『ドラゴン桜』との差異―受験攻略 vs. 群像劇

『ドラゴン桜』は、あくまで桜木と2名の受験生を中心として、型破りな勉強法を提示していく「受験攻略漫画」であった(図1)。そこでは「低偏差落ちこぼれの逆転合格」というドラマツルギーを軸に、思い込みを覆す痛快な思考を桜木が受験生の脳味噌へねじ込んで行き、最終的に東大を攻略する、という極めて明快なる逆転劇が展開された。

図1:三田紀房『ドラゴン桜』1巻, 講談社, 2003年

一方で『二月の勝者』は、特定の受験生が難関校に受かることを至上の目標とはしていない。確かに受験ノウハウや算数攻略などの情報は折に触れ出てくるが、主人公の黒木蔵人(くろうど)は、別に「教えてあげましょう、開成は簡単です」なんて言い出さないし、四則演算もまともにできない子供を強化改造して灘や桜蔭へ差し向けるわけでもない。本作の子供達はおしなべて能力相応の結果しか生まず、また舞台となる桜花ゼミナールは中堅志望者中心の塾である(難関受験至上主義を掲げるのはライバル塾の方) 。そこで描き出されるのは塾側の運営事情と、保護者と子供たちが織り成す群像劇であると言える(図2)。

図2:高瀬志帆『二月の勝者』1巻, 小学館, 2018年

塾側から見た中学受験界

物語の中心的視点となるのは、黒木の属する塾側である。黒木は実績重視の現実主義者として「塾講師は教育者ではなくサービス業」というドグマを発し、新人講師の佐倉麻衣を絶句させる。

我が子をなるべく確実に目的地に着かせたい親御さんは、特急券を買い求めます。つまり、「私立中学への進学」すなわち、「中学受験」は特急券です。(中略)お金をかけた者が圧倒的有利。こんなシステムで成り立っている職業のどこが「教育者」ですか?我々はいわば「指定席券」を売る業者です。

高瀬志帆『二月の勝者』2巻, 小学館, 2018年

黒木は受験生を「金脈」、親を「スポンサー」と呼び、徹底して「サービス業者」として振る舞う。このような冷徹なリアリズムに基づく黒木の下にやってくるのは、多種多様な受験生と保護者たちである。プライドが高過ぎて逆に自分を追い詰めてしまう優等生、塾へ通ったという既成事実作りのためだけにやって来る生徒、夫婦で教育方針が対立する保護者。塾と家庭という小空間を舞台に、受験という人生体験のイレギュラーによって引き起こされる様々な悩みや軋轢が描かれ、新人講師としてがむしゃらに奔走する佐倉、それを見守る黒木が中心となって解決の道を探っていく。『二月の勝者』は、そういったあくまで「どこにでもある」受験群像をつぶさに描いた作品なのだ。

黒木がアナーキーな塾講師として、時に預金残高の容赦なき搾取人、時に児童の学習意欲増強剤となり暗躍する場面の数々が、本作のハイライトと言えるだろう。この地獄の合格請負人は、受験生の急所を的確に見抜いては手八丁口八丁で退塾や転塾を防ぎ、親には「本当の第一志望を目指しませんか?」「お子さんの頑張り時は今です!」とお為ごかしを並べて籠絡し、気づけばオプションマシマシの年間150万コース送りにしてしまう(図3)。その中で飛び出す黒木理論や黒木マジックの数々は、あざとくもしかし確実に偏差値と収益を幸福にし、「良識人」たる佐倉はグゥの音も出ない。黒木は悪魔である。天使の翼を生やした悪魔である。「では小6受験コース継続ということで」のほくそ笑みと共に、桜花ゼミナールの収益実績は今月も更新される。

図3:高瀬志帆『二月の勝者』1巻, 小学館, 2018年

管理可能な予測不可能存在としての小学生

ここまで読んで気付いた人もあると思うが、受験漫画にも関わらず、勢力としては「受験生」の存在感は、大人たちより小さい。子供たちは、どちらかと言えば大人たちに振り回される存在であり、子供の成績は大人が行動選択した結果の関数として自動出力されるのだ、というニュアンスすら漂っている。作中での「受験は課金ゲー」というメタファーは、まさに「金をかけて環境を準備するほど、子供の成績が上がりやすくなる」という、子供の主体性の低さを表したものだし、現実問題として12歳の子供というのは、自分の人生に対して非主体的存在であることは否定できないだろう。作中でも「子供は裏切る」「子供の夢を中学受験の指針にするのは論外」といった台詞が飛び出す。

アメとムチに素直な反応を見せるコントローラブルな存在である反面、大人が予測できない理由で勉強を辞めてしまったり、突如不調に陥る多感でアンコントローラブルな存在でもある「12歳」。距離感で言うと、本作での子供への距離は「子育て漫画」における子供への距離感に近い。時にはまるで動物園の動物を観察するかのように塾生たちが観察されているのだが、自分も子供の頃同じ立場だったのかと思うと少し怖い思いである。

【マンガ】カテゴリーの記事一覧

LINEで送る
Pocket

投稿日時: 2019/01/22 ― 最終更新: 2019/01/24
同じテーマの記事を探す