ラーメン…湯切り…命!!

能條純一『ばりごく麺』1巻

待っているのだ、私は。能條純一の新作を。彼が次にどのような挑戦を見せるかを待っている。2008年に届いた新作は『ばりごく麺』。ラーメンに関しては無類の腕前を誇る謎多き漢、榊原麺太の豪快な生き様を描いたグルメ漫画。出来立てのラーメンを前にした小僧のように、いただきますをして読み始めた。

図1:能條純一『ばりごく麺』1巻, 集英社, 2008年

まず一読して、どう考えても正気ではない。主人公の必殺技が湯切りなのはいいとして、伝説の湯切り技を披露すると麺に極小の傷がついて「龍鱗麺」となり、麺とスープが絡んで極上の味わいになるという発想が正気ではない(図1)。正気でないのが能條だ。だからさすがだ。得体の知れぬ迫力で、読者に「そうか!湯切り命か!」と納得させるこの謎の説得力(何が「そうか!」なのか、自分でも分からない)。このほら話感、そしてその話のスケールが持つ力強さにドライブされる形で、有無を言わさず読者を巻き込み、物語を疾走させていくことこそが、能條一流のテイストではないだろうか。

リアリズムが求められる現代の漫画界において、作家は普通、連載前に綿密な考証や取材を行い、言うなれば作品のアリバイ作りをしてから執筆に取り掛かる。しかし能條はそのような小細工に堕することなく、現実世界よりかはむしろ、己の発想力を母艦として奔放なケレン味を発揮し、素材を力技で料理する力量を秘めている。やはり、麻雀のルールを十分に把握していない状態で『哭きの竜』を描き上げてしまった無頼の漫画家は違うのである。能條純一冴えている。念のために書けば褒めている。

『ばりごく麺』は、ほら話である。痛快なるほら話である。「湯切りで無数のスープの受け口が麺に刻まれ、味が究極的に高まる」こんな不遜のほら話を真に受ける読者はいないのだ。いるとすれば、それは読み方を誤っている。大いなるほら話に身を任せて、物語世界の壮大なスケールを楽しむ。それが能條漫画の楽しみ方なのだ。彼の得意ジャンルはファンタジーであるとの論を展開する準備すら私にはある。

図2:能條純一『ばりごく麺』2巻, 集英社, 2009年

1巻の最後に出てきた、主人公の唯一にして最大のライバル、中華の天才・李玄武も実に能條テイスト溢れる変人で、この2人の対決はまさに物語の佳境であった。李は主人公のラーメンに感動すると同時に屈辱を感じ、色々と思弁を巡らせた挙句にいきなり殺害予告(料理人的な意味で)をして見せる料理馬鹿である(図2)。対決の終わらせ方もなかなかに渋く、この漫画の可能性を感じた勝負であった(なお、小便は漏らさない)。

またどうでもいいウンチクを垂れ流すことが醍醐味だとの考えが未だに支配的なグルメ漫画へのアンチテーゼとして放たれる「バカヤロ!!うまい時は能書きたれずにガムシャラに喰え!!」の台詞は至言である。能條漫画の台詞の貫通力は馬並みなり。それに呼応するかのように、食のリアクションを「うまい!!」の1ページぶち抜きで済ませるなど、シンプルで痛快な描写が気持ち良い。

ところが、この漫画は李との対決以降、スケールダウンしてしまうのだ。そして4巻での唐突な終了には尻切れとんぼ感が漂う。全体としては、能條漫画としては佳作といった出来栄えである。しかしただの佳作ではなく、開幕から李玄武との対決まではマダガスカル島に吹き荒れる嵐のように、局地的異常災害の印象を残す。能條純一の次なる挑戦に期待したい。

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投稿日時: 2018/12/29 ― 最終更新: 2019/03/17
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