投稿日時:2018/11/30 ― 最終更新:2019/01/16

うちは今、相手が誰であっても…喰らうだけ!

『将棋指す獣』第3話

(本記事はネタバレ微小)

彗星の如き藤井聡太の快進撃を受けて、世は将棋ブームだそうである。それに併せて将棋漫画も増えた感がある。しかし『将棋指す獣』(ケダモノと読む)は、構想自体はずっと前から温めていたのだという。元奨励会員の女性棋士が、アマチュアからの特例制度でプロを目指す話で、私も期待を抱きながら1巻を読み進めた。

ところが読後感としては、なんだかムズムズする、捉えどころがないといった感じであった。少なくともすぐ他人に読ませたくなる読後感ではない。何度か読み返してみてこの腑に落ちなさの正体を探ってみたところ、この作品では「魔窟」としての将棋界、主人公の「ケダモノの如き」指し筋など、勝負の世界の「凄み」だけが強調され、人物や勝負の描写がそれに追いついていないと感じられた。一言で言えば描写不足、あるいは説得力欠如なのである。

登場人物の中身が見えてこない

まず主人公の「ケダモノ」ぶりがイマイチよく分からない。第1話でかませ犬丸出しの元奨の男・加賀見廉は、主人公の弾塚にいきなり0ページで瞬殺された挙句、続く再戦でも見事な道化ぶりを演じて連敗する。それら2度の戦いを見ていた重鎮っぽいプロ棋士が「あの女はケダモノだ」と評して1話目が終わる。ところがここまでで盤面に言及されているシーンと言えば、たった数コマ程度しかなく、勝負の雰囲気が伝わる描写は下図に示したコマくらいと言っていい。それでいて「全ての手が殺されてやがる」「負けた相手の気力を奪う手を平然と指し続けた」と言葉で説明されても、主人公の棋風が全然伝わってこない。説得力がない。ここでは「手が殺された」という結果への言及しかないのだ。

市丸いろは(画), 左藤真通(作)『将棋指す獣』1巻, 新潮社, 2018年

違うのだ。私のような読者は、主人公がどれほどのケダモノなのか、画や台詞回し、心理描写でもっと存分に描いて欲しいのである。弾塚が対局相手の精魂を絞れるだけ絞った上で、無慈悲にもそれをガツガツ喰らってみせる過程を、迫真の演出として描いて欲しいのである。こんな薄味のやられ役を竜が食らっている見開きを見せられても、なんだか美味しくなさそうなのである。主人公のケダモノぶりは、残念ながらこの後の話を読んでもあまり伝わってこないので、設定に対して表現手段が追いついてない可能性がある(集中力が凄いという描写だけは沢山あるが)。

今ひとつの問題点として、全体的にキャラクターが類型的で薄っぺらく、魅力に欠ける。主人公の内面がよく分からない点は、彼女の過去の秘密がサスペンスとして物語をドライブさせる駆動力となっているので仕方ないにしても、狂言回し的な役割の新人記者はなんだか軽挙妄動な有様で頭悪そうだし、対局相手は全員オタク感満載のやられ役ではないか。内面が深く掘り下げているキャラクターが不在なので、感情移入する対象がなく物語が上滑りしている感じがするのである。

他作品との比較で語ると、ほぼ同じ時期に連載が始まり、「元奨励会員の主人公がアマ棋戦に出る」という似たような幕開け・構図を持つ『リボーンの棋士』では、こういった問題点は見られない。1巻のうちに3人の主要なライバルたちの内面が深く描かれ、その葛藤の在り方によってそれぞれのキャラクターが明確に個性づけられていた。また『リボーンの棋士』も盤面や棋譜の描写は少ないが、対局シーンは登場人物たちのモノローグを乗せて上演される一種の舞台として効果的に使われていたのである。同時発進した同じ「元奨モノ」としては、1巻では完全に『リボーンの棋士』に軍配が上がる。

今後の展望

実は1巻の次の話である第6話を雑誌で読んだところ、今までで一番期待の持てるエピソードではないかと感じた。それまで省略気味だった戦いの様子がちゃんと描かれていて、雰囲気が伝わってくるし、1巻ラストで姿だけ見せたもう1人の女性棋士もちゃんと物語に入ってきた。まあ、このライバルも見た目が完全にただのOLという感じで、深く描かれるか若干不安だが、とにかくこの調子でもっと対局内容と内面が丁寧に描かれれば評価は上がるだろうと思う。

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