『マイ・ブロークン・マリコ』 / 死者との無限の隔たり

平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』株式会社KADOKAWA, 2020年

私の知り合いに30歳で死んだ男がいて、彼が自殺したのか、ただの交通事故だったのかが現在でも不明のままになっている。警察の発表では事故死ということなのだが、彼は生前から嘘とも本気ともつかぬ自殺宣言を繰り返していたし、死ぬ直前に身辺整理めいたことをしていたので、考えた末に、恐らく事故を装って自殺したのだろうと推測している。

しかしやはり真相は謎のままだし、自殺だとしてもあの日、あの場所でなぜ死ななければならなかったのか、その答えも永遠に葬られてしまった。

それらのことを、折に触れてはふと考える。

残された人間は、そういう不条理な謎をいつまでも反芻しなければならない。『マイ・ブロークン・マリコ』は、自殺という一方的な、無限の隔たりによって親友から置き去りにされた主人公が、記憶だけを頼りに自問自答し続けなければならないマンガだ(図1)。

図1:『マイ・ブロークン・マリコ』

この作品では、結局多くの事柄が不明なまま取り残される。そもそも主人公と親友の関係や過去などもそこまで明示されない。死んだ親友が児童虐待や性的暴行を受けていたことは描かれるが、細かいことが不明のまま、ただ「親友に自殺された主人公」という文脈の曖昧な存在が宙ぶらりんになっている。

しかし、私はそれで必要十分だと思う。空白は読者が推測して補えばいい。

このマンガでは“答え”のようなものが明確に出ない。何しろ親友がいきなり死んでしまっている。だから主人公は日常から離れて旅に出て、ひたすら回想しながら「こうだったのではないか?」と虚空に向かって問い続けるしかない。しかしそれはどこまで行っても回想と推測にしかならない。振り向いた先に突然、親友が出現するはずもない。

それが死というものの不条理なのだと思う。このマンガはその不条理の苦しみ、無限の距離感をそのまま描いている。本作はそういう作品である(図2)。

図2:『マイ・ブロークン・マリコ』

死者というのは、究極の「不在の中心」だ。誰もがその人のことを口にし、あれこれと憶測を飛ばすが、肝心の中心人物は絶対に姿を見せない。「なぜですか?」という疑問だけが、いつまでも空白を漂う。

インタビューによれば、本作は最初のネームでは、その謎を解き明かそうとする話だったという。しかし謎解きが作品本来のテーマではなかったことに気づいた平庫ワカが、第4話を丸ごと描き直したという。

でもその4話のネームを全部描き直しているときに、これはシイちゃんの物語で、シイちゃんの葛藤の物語であって、謎解きの物語ではないと気がついて、その部分をざっくりと削りました。

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もし謎解きが行われていれば、私のここでの解釈は丸ごと崩壊するし、『マイ・ブロークン・マリコ』はただのミステリー漫画になってしまっていただろう。だからこれは本当に正しい決断だったと思う。

自殺した親友のマリコが、回想の中で印象的なセリフをいくつも遺している(図3)。

図3:『マイ・ブロークン・マリコ』

シイちゃん、わたし、許さないから

シイちゃんに好きな人とかできて…シイちゃんが、わたしよりその人のこと大事になって、わたしのこと放ったらかしてどっかいったら。わたしから離れてったら一生、許さないからね。シイちゃんがわたしのこと嫌いになったら、わたし

死ぬから!死んでやるから!

『マイ・ブロークン・マリコ』

特に女性読者の中には、マリコに自分や身近な存在を重ねて読む人も多いだろう。私はそういう存在が傍にいないので、そうはならないが、この作品は主人公の立場と親友の立場、それぞれに寄り添う読み方があると思う。

満足度:7/10

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投稿日時: 2020/07/28
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