『夢中さ、きみに。』 / 1コマの豊かさ

和山やま『夢中さ、きみに。』株式会社KADOKAWA, 2019年

2019年に出た新刊としてはベストに数えられるべき作品。

話に筋らしい筋のない、男子高校生の日常を描いた1話完結型のシュールギャグなので、面白さを文字で伝えるのは少し難しい。最初に読みながら思ったのは「これは大事に読みたい作品だな」ということ。

この作品、1コマ1コマが極めて緻密に、丁寧に作られていて味わい深い(図1)。1コマの情報量が多い。言い方を変えると、遊び心に満ち溢れている。

図1:1コマが丁寧に描かれている(『夢中さ、きみに。』)

几帳面にパースを取ってビシッと丁寧に描かれた、美術的な背景や人物描写などはもちろん、モブキャラ1人とっても表情がヘンだったり、背後でなんかしていたりする(図2)。コマそれぞれが1つのイラストになっており、その緻密さと心地良さは、タイプは違うが谷口ジローを思い出させる。

この作者の描くマンガが最初、SNSで話題になったのも、このような1コマへの遊び心が理由として挙げられるのかもしれない。

図2:モブキャラ1人1人の顔や動作が違う細かさ(『夢中さ、きみに。』)

それと和山やまの作風として、“吹き出しなしのセリフ”などを多用した、独特の詩情溢れる言葉も、かなり素晴らしい。言葉の流れに固有のリズムがあるのだ(図3)。

図3:吹き出しのないセリフを効果的に使った独特の詩的リズム(『夢中さ、きみに。』)

全体は大きく分けると2部構成になっており、前半がミステリアスな「林くん」の話。後半が自分がイケメンであることを隠す「二階堂くん」の話である。

2つのパートはそれぞれ短編連作として構成されており、1つの話で出てきた話題が後の短編で繋がったり、関係ない話の中で同じフレーズがリフレインされていたりする(たとえば主人公が毎回カフェオレを飲んでたり、酢豚とパイナップルについての話が繰り返し出てくるなど)。そのため繰り返し読んだり、途中で振り返ったりしていると色々な気付きがあり、面白い。

小ネタの中にはかなり凝ったものもある。

第2話での、林くんと友人になる文学少女の話では、林くんが街中の文字を拾って「クロマティ」「生き恥」といった単語を作ったコラージュ作品をSNSにアップしているのを読んだ文学少女が「しりとりになっているのね!」と気づくシーンがある(図4)。

このシーン、一見するとそれだけなのだが、実は作品自体への“自己言及”にもなっており、目次をよく見ると、なんと各話のタイトルがしりとりになっているのである。こういった様々な遊び心が詰め込まれた本作は、1冊で並のマンガ3冊分くらいの密度と充実度を感じさせる。

図4:作中の「しりとり」という指摘(画像上)が、実は目次のことも指している(画像下)(『夢中さ、きみに。』)

筋を追うだけでなく、コマそれぞれが“作品”のように感じられる豊かさ。これはマンガの1つの理想と言えるだろう。

かつて映画監督の北野武は「回ってるフィルムをピタッと止めたときに、2時間の映画の中の何十万というコマの中の任意の1コマが美しいのが理想」と発言した。それと同様に、作中の任意の1コマの中から、そのコマだけでも完結した美しさや面白さを抽出できるマンガ、それが『夢中さ、きみに。』なのである。

描写を必要最低限に抑えて駆け足的に筋を追わせる現代的な商業マンガとは、一線を画す濃密なマンガ。こういう作品がもっと増えて欲しいと思っている。

満足度:9/10

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投稿日時: 2020/07/27
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