『定額制夫のこづかい万歳』 / これはディストピア漫画では?

2020/07/25 ・ 漫画 ・ By 秋山俊
吉本浩二『定額制夫のこづかい万歳』1巻, 講談社, 2020年

久々に恐ろしいマンガを読んでしまった……

『定額制夫のこづかい万歳』では毎回、月の小遣いが20,000円前後の中年が登場しては、自らの節約術を、まるで宇宙の根源でも解き明かすかのように熱く語って去っていく。

彼らは「ポンタ」のポイントをいかに有効活用してお菓子を安く仕入れるかを力説し、激安中華食堂の日高屋を「私のオアシス」と呼んではばからない(図1)。

図1:自分の節約生活を生き生きと語る男性(『定額制夫のこづかい万歳』1巻)

一言で言えば「節約生活あるあるマンガ」なのだが、このマンガ、読んでいて怖い。

恐らく作者の吉本本人は「貧乏でも明るく楽しく生きる人々のほんわかマンガ」として描いており、そこに皮肉を演出する意図は全くない。しかしこのマンガは作者の意図を超えた“ナニカ”を描いてしまっている。

ピケティは「格差は拡大し続ける」と言った。そして世界は平和だった

作中の人物たちは、もれなく金欠である。しかし彼らの語りの中では「こんなに節約しなくても過ごせる未来」が来る可能性については一切言及しない。ひたすら「月20,000円でいかに過ごすか?」だけに焦点が当てられ、あたかも困窮した生活が生涯続くことを受け入れているかのように描写されている。彼らの余暇は、少ない小遣いを効率よく回すための最適化行動に消費される(DIY、自炊、遠出して買い物など)。

忌憚なく書けば、これは貧困そのものである。GDP世界第3位の国で、働き盛りの男性が駄菓子の購入を躊躇せねばならない。その様子に、なんとも言えない息苦しさのようなものを感じてしまう。

にも関わらず、吉本浩二の画風である「張り付いたような笑顔」が全編を覆っている。これが怖い。(図2)

図2:『定額制夫のこづかい万歳』1巻

どのページを見ても、彼らは100円単位の節約術を生き生きと語っているし、日高屋のテーブルは満面の笑みで埋め尽くされている(図3)。最初から最後までこんな感じなのだ。

図3:日高屋に仏頂面をしているやつなんて一人もいない(『定額制夫のこづかい万歳』1巻)

別にこの人達が実際に人生に満足しているかどうかは分からない。それは私が口出しすることではないし、ここで問題にしているのは個々人の幸福観ではない。

そうではなくて“常に”、“誰もが”、金欠を異様なポジティブさでもって表現する、ある種の強迫性――それが『こづかい万歳』の放つ違和感なのだ。本作をディストピア的だと感じてしまうのは、作品全体がフラットな「金はないけど幸福」というハイテンション一色で染められているからである。

また本作から明るさと裏腹の行き詰まり感を受けるのは、未来が感じられないためである。現在の金欠状態がずっと続いていくかのような感じがある。

特に第6話で登場する48歳のバイカーのセリフは、「もう自分たちの収入が増えることはない」ことが完全な前提になっていることを示唆している(図4)。

図4:『定額制夫のこづかい万歳』1巻

自分の節約ライフを熱心に語って立ち去る彼らの背中に「病気になったら?被災したら?老後は?」と投げかけたくなるのは、私だけではないはずだ。昇給など語られすらしない。帯に書かれた「それでも楽しく生きている!」の“それでも”が辛い……。

『定額制夫のこづかい万歳』1巻

繰り返すが、この解釈は恐らく作者の意図からは大きく外れる。

しかし作者の意図がどうあれ、その読み手にとって、あるテクストがある現実をまざまざと感じさせるとき、そのテクストはまさにそのようなことを表現してしまっているテクストとなっているのである。

本作をマルクスが読めば「それ見たことか!」と叫ぶだろう。自己啓発本を出している高収入YouTuberあたりなら「節約に費やす時間で副業するかスキルを身につけるべき」と言い捨て、ハーマイオニーを助手席に乗せてランボルギーニで去っていくだろう。

たとえば先程のバイカーの例なら、「バイクを8万円で売った金でYouTubeの副業を始め、収入源を増やしつつ20万円作って、バイクも取り戻す」という発想があっても良さそうである(私はYouTubeで収益を得ているが、これは十分現実的な話である)。

が、しかしこのマンガの中では「月20,000円の小遣い」という現状は固定された現実として、恐らく彼らの余生までつきまとってくるし、そこに何の変化の兆しもないのである。

無論、「小遣いを増やすには、現在は耐え忍んで読書をし、自己投資するのだ」などという発想をしたらこのマンガのテーマが崩壊するので、そんなものは描きにくい。むしろ金欠がエスカレートするほど話が膨らむだろう。

つまるところ「明るく語る貧乏小遣いマンガ」というテーマ選択をした時点で、本作がある種のディストピア漫画になることは宿命づけられていたと言える。恐ろしいテーマを選んでしまったものだ。

満足度:6/10

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投稿: 2020/07/25 ― 更新: 2020/07/27
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