受験勉強をしていると、何十回、何百回と「自分は本当に受かるのだろうか」と不安になる。そして不安になるあまり、意味もなく自分の計画を見直したり、本番でこういう点が来るのではないかと繰り返し皮算用してみたり、あるいは他人の体験談や勉強法などを無闇に読み漁ったりすることもあるだろう。

ネットの質問を見てみても「泣いてばかりいる」「不安で死にそう」「イライラする」など、特に9月から11月にかけて訴えが急増する傾向がある。夏が終わり模試の結果も出て、時間的猶予もなくなった頃に表面化しやすいことが原因と思われる。これは大学受験でも高校受験でも変わらない。

私の考えでは、受験における最大のストレスは「勉強することそのもの」よりも「受かるのかどうか」「勉強方法が正しいのかどうか」「そもそもこの大学を受験すべきなのか」といった未来の不安に、年中晒されることによるストレスである。

脳が生み出す「偽物の問題」

しかし実は、このような問いや悩みは、受験勉強における真の問題が解決しないがために、脳が勝手に作り出す「偽物の問題」である。即座の解決が困難な「真の問題」に比べて一見、解決できそうにも見えるが、「偽物の問題」は偽物であるがゆえにいくら考えてもキリがなく、それについて思考しても問題の根本的な解決に至らないため、時間の無駄である。

では受験における真の問題とはなにか?

それは「自分の実力が不足している」という、残酷なる現実である。

ほとんどの悩みは「実力不足」が源

受験における不安や悩みの大半は、結局、単に「自分には力が足りない」というだけなのである。なんということであろうか!

考えてみほしい。仮にあなたが偏差値70くらいあったら、偏差値55の大学の入試を受けるまでに、上記のような悩みはまず、発生しない。「入試まであと50日もあるのか。ヒマだな」と思うだけである。

しかし「実力不足」が真の問題というのは、脳にとってあまりに「それをいっちゃあ、おしまいよ」な問題である。「実力不足」がストレス源であることを脳は解決しようとするが、直ちには解決不可能な問題なので、脳は何とか解決できそうな問題にこれを置き換え――「偽物の問題」をでっち上げ――これの解決を目指し、独り相撲することで、ストレスから一時的に逃れようとする。

しかし騙されてはならない。それはしょせん「偽物の問題」である。独り相撲をいくら続けても空転するばかりで、どれほど考えても、実際の受験勉強はちっとも前進せず、悩みはいつまでも残り続ける。

「偽物の問題」は「真の問題」が解決すると、勝手に消え去る。つまり英単語のボキャビュラリーを500個増やして、文法の穴を潰し、『やっておきたい英語長文 700』を7周する頃には、志望大学レベルの長文が素早く読めるようになり、模試でA判定取れて、あれだけあった雑多な悩みが自動的に消える(少なくとも以前より薄れる)。

君はまだ、受かるかどうかで悩んでるのか。愚か者め!『一対一対応の演習』を3周すれば、その悩みは勝手に解決し、合格など向こうからやってくる!

結局、受験生に採れる最善の策は「悩むヒマがあったら勉強する」、これしかない。つまり不安に襲われたら、不安を忘れるために英単語の暗記でも始めればいい。思考を無にして音読でもなんでも機械的に始めればいい(人体は声を出していると余計なことを考えられない)。試験日前に掃除に精を出して逃避するのとは全く逆に、勉強に忙しくして悩むヒマを与えないようにすればいい。

私が「受験勉強は早く始めるほどいい」「受験の天王山は夏じゃなくて春」など、とにかく早期の先行逃げ切り型スタイルを推奨しているのは、このような「不安になる→勉強が手につかなくなる→余計不安になる」という負のスパイラルに巻き込まれるのを、できるだけ避けるためである。

「思うように勉強できない」というストレスは、想像以上に大きい。逆に自分を褒めたくなるほど熱心に勉強できた日は、その後の時間も何だか安心して過ごせるものではないだろうか。結局、実力が足りないから不安になり、勉強ができてないからイライラするのである。

「追い込まれているからこそ、逆にパワーが出る!」なんて受験生はほんの一部だと思う。多くは自滅してしまうはずである。受験では成績に余裕のある人間ほど、不安なく勉強できて益々成績を伸ばせるというのが実際だろう(私自身、成績に余裕が生まれてからの方がノビノビと勉強できた)。

ある程度不安になるのは人間の宿命

不安によるある程度のストレスは、お釈迦様レベルでもなければ避けようがないものである。それはつまり、狩猟民族が冬季に常に食料不安に晒されるのと同じである。

また生きていると、どうも人間というのは仮に不安がなくても、不安材料を勝手に探して不安になろうとする生物であることが分かる(恐らく高度な仮想思考能力の暴走)。そういう点では、今は受験の不安や悩みが多くて死にそうな気分かもしれないが、受験をしていなくても恋愛とか将来設計とかで、多かれ少なかれ不安に悩まされていたに違いない。

不安に苦しめられるのは人間の宿命でもあるので、逆に言えば特別に不幸な境遇にいるわけではないのだ。

最後に、ある合格体験記に、非常に鋭い指摘が載っていたので紹介しておこう。

振り返ってみると、受験生として過ごした日々は勉強そのもののつらさというよりも、「自分は受かるのかどうか」という不安に追い詰められるつらさの方が大きかったように思います。しかし、今考えてみるとそのような不安は時間の無駄だったと思います。悩んでいても成績は変わりませんし、成績が変わらなければ心境も変わらないからです。不安になるのはみな同じです。ただ、いかに不安を解消するために行動を起こせるか、そこに差が生まれてくると思います。

桜蔭高等学校卒 M.Jさん

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勉強の面白さを力説し、学びの意義を考え続ける受験コラム

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投稿日時: 2019/07/19 ― 最終更新: 2019/11/26
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