教室で寝ているやつに「寝るな」「あくびするな」と怒鳴るのは理不尽である。

たしかに前日夜遅くまで遊んでいたり、無茶な運動で疲労困憊だったりと、生徒側に責任があるために眠くなるケースもある。その場合は生徒が悪いかもしれない。だが私の経験では10代は体力が有り余っているし、そういった疲労が原因で眠くなるケースはほとんどなかった。

大抵の場合、授業がつまらないから眠くなるのだ。そして授業がつまらないのは教える側の責任である。今現在通っている大学でもそうだが、眠気を感じる授業というのは決まっている。私は「上手い授業の仕方だな」と感心した教師の授業で眠気を感じたことは全くない。

教師の誰しもが授業上手になれるわけではないが、本来であれば、後は生徒の自己管理能力に託すべきであり、眠る生徒は自己責任で自主勉すればいいし、あるいは授業中に内職するのを許可すべきである。つまり生徒側には、教師の退屈な授業を自主的に補填する手段を認めるべきである。教師にも生徒にも人間的な限界があるのだから、元来、「授業中に眠るのは悪」という考え自体に無茶があるのだ。

それなのに「内職禁止」だの「真面目に聞かないと減点」だの、教師が己の能力不足を棚に上げて生徒を罰するような規則を設けるから、教師は授業中に眠られてイライラ、生徒も授業が無意味な我慢大会と化して、双方が損をする。ルールの設定が下手なのである。

このような融通を利かせることもできず、逆ギレを堂々としてしまう人間は「自己批判性に欠けた恥ずかしいヒト」と言われても仕方ない。逆に彼らに聞きたいが、そうやって怒る人は、自分が退屈な学校行事や講習会に参加した際には眠気を感じないのだろうか。

公開トークのプレゼンなどで、聴衆がうたた寝をしていれば「私のプレゼンは退屈だったのか……」と、プレゼンした人間が落ち込むものであって、つまらないトークに対してあくびをした聴衆に「なぜ私の話を聴かない!」と怒り出したら「アホか」と呆れられるだけである。

教室の授業だろうと、法皇の説法だろうと、いや仮に神が現世に降臨して語りかけようと、それが退屈な話であれば眠くなるのは生理現象なので、聞き手の責任ではない。

百歩譲って「寝るやつは教室から出ていけ」というのなら、まだ分かる。義務教育だと問題は色々あるが、それでも「寝るなら受けるな」はまだ、かろうじて「正当な要求」と言える。なぜならそれは「生徒側が自分で相手の要求に応えることができる」からである。

しかし「俺の授業で寝るな!あくびするな!」は、生理現象の禁止であり、あたかも相手に飯をたらふく食わしておいて「1週間、トイレ禁止だ」と言い放つような無茶振りである。あるいは下手くそなダンスを踊り狂いながら「俺の踊りに集中しろ!集中できないのはおまえにやる気がないからだ!」と言い放つかのごとき狂気である。

授業は、つまらないからこそ眠くなるのであり、何ら対策を講じずに、眠ることの責任の所在を生徒のやる気や態度にのみ求めるのは、恥ずかしいことである。

【勉強】カテゴリーの記事一覧

LINEで送る
Pocket

投稿日時: 2019/07/31 ― 最終更新: 2019/11/01
同じテーマの記事を探す