Stephen King “IT”

英語という科目を、私は当初不思議に思っていた。英語の試験で点数が伸びる原因がよく分からず、従ってどうすれば点が伸びる訓練を積めるのか、確信が持てなかったのである。「英語は音読だ!」「長文をひたすら読め!」など、世の中には種々様々な勉強法があるが、それが最終的に点数に繋がる理由がハッキリしなかったのだ。

英語上達の「実感」のなさ

例えば世界史の点が伸びるのは分かる。今まで知らなかった「マルクス・アウレリウス・アントニヌス」という人物名を覚えて「五賢帝最後の皇帝は?」と聞かれたら「マルクス・アウレリウス・アントニヌス」と答える。これで3点が追加される。これは非常にわかりやすい。知識量=点数という直線的な関係になっているからである。

だから、世界史の勉強というのは安心感がある。知識さえ増やせば点数も比例するという安心感がある。

ところが英語の場合はそういうわけではない。大学入試テストでは、基本的に長文を読んで設問に解答するという方式であり、単語の意味そのものが問われることはあまりなく、点数配分的には小さい。覚えるべき単語や熟語表現、文法事項などは、日本政府の借金に匹敵するほどある。一体どれだけ勉強すれば英語を自在に読めるようになるのか……と、途方に暮れる人もいるだろう。

英語能力は「習熟度」で決まる

しかし実はそうではないのである。英語(もっと言えば言語)の能力向上に最も影響するのは、それぞれの表現に対する「習熟度」なのである。

例えば”love”という単語がある。loveを一回聞いただけの人は、この単語から「愛」という意味を引き出すのに努力が必要である。2秒くらいかかるかもしれない。loveという単語を間隔を開けながら10回耳にすると、1秒くらいで引き出せるようになる。もっと繰り返すほど、その意味を引き出すまでの労力は無限に縮小していき、空いた分の脳の容量を使って文そのものの意味をストレートに考えられるようになる。

この「意味を引き出すまでの労力の縮小化」は、最終的に「無意識」という点まで到達する。一切考えなくとも分かる、むしろ分かりたくなくとも勝手に分かる、というレベルで、これが別の記事に書いた「英会話はスポーツ」の意味である。

これが英語上達の基本的な原理である。つまりそれぞれの表現や文法をアホみたいに反復していくうちに、だんだん「考えなくとも当然分かる」状態に近づいていく。そして空いた脳の容量を使って問題を解くのである。

「頭が悪いから問題を解けない」のではない

だから英語の問題を解けるかどうかは、「その文法解釈を“知っているかどうか”」よりかも「“どれだけ小さな力で”その文法解釈を引き出せるか」で決まる。ギリギリで思い出せるような低い習熟度だと、それを思い出すだけで脳の容量を使い切ってしまうので、問題そのものを解くのが困難になる。文全体を見渡すことができない。(脳のメモリ問題。参考:「受験の極意は『Hunter x Hunter』のヒソカがとっくに説明していた 」

「文法を習ったのに解けないのは、私の頭が悪いからだ」「解けるやつは地頭がいいんだ」というのは、したがって間違いないのである。重要なのはその表現にどれだけ習熟して、脳の容量を残しておけるかどうか。

これは英語ネイティブが英語の問題を見て「簡単過ぎ」と思えてしまうことを説明している。ネイティブの本当の強さというのは、様々な表現に対する習熟度が極めて高いので、脳の容量を使わずに言語を理解し、文章そのものに取り組めることにある。だから逆に日本人でも、習熟度を十分に高めれば英文を当たり前のように読んで、問題文を読んで「こんなの分かりきっているじゃないか」と思うことは可能なのである。

ここまで理解すると、英語学習というのは最終的に「ゴリ押し」で8割済むから、実は一番安心して勉強できる科目だと分かる。勉強法は音読でも多読でもいいが、最終的には数をこなすことが最も重要。とにかく覚えて、とにかく読んで、習熟度を上げればそれで済む。脳が勝手にエコモードで理解してくれるようになる。英語は誰でも得意になれるのである。

本日の「達人の言葉」

語学の習得で決して忘れてはいけない一つの忠告は「忘れることを恐れるな」ということである。

千野栄一著『外国語上達法』p.9より

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投稿日時: 2019/08/23 ― 最終更新: 2019/12/01
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