中原中也
「こんな思いをするのなら、花や草に生まれたかった」「汚れちまった悲しみに、今日も風さえ吹きすぎる」

現代文というものには、皆が多かれ少なかれ不安を抱えている。それでその不安を少しでも解消する手段として「読解の基礎力を上げられないか」と考えるようになり、そのために「普段から読書をしよう」と考える人もいる。

それに対し「ほとんど点数向上につながらないよ」というのが正直で残酷な助言であって、実際、現代文の解答に求められている能力というのは、単なる読書では大して向上しないのである。入試対策としてなら、他に優先してやるべきことがいくらでもあると思う。英単語の暗記とか。

読解力向上に役立つ読書とは

ただし「志望校の過去問を読み返すこと」はそれなりに有効だと思う。センターを受けるならセンターの過去問を読み返し、東大を受けるなら東大の過去問を読み返す。特に最近のものをじっくり読み返すといい。最近の過去問なら量も限られていて、国語に時間を使いすぎる心配はないだろう。

なぜ過去問を読み返すのか。

まず文章レベルが本番と同じなので、同じレベルの語彙や表現で書かれた文章を読み慣れておく、というのが1つ。それともう1つは「出題者が好む題材に慣れ親しむため」である。

出題文はランダムに選ばれるわけではない

ここで、出題者の立場に立って問題作成の意図を考えてみよう。そもそも、なぜ出題者はかの文章を題材として採用したのだろうか。「自分が最近読んだ文章から良かったのを適当に選んだ」からではない。そういう怠け者の出題者もいるかもしれないが、そういう人間が問題を作っているのはつまらない大学である。

出題者が出題文を選んだ理由には「大学に入るなら、こういう文章、こういう話題について正確に理解できるようになって欲しい」という願いが存在するはずである。そしてそれは、18歳の人間が読むべき、現代社会における大きなトピックの一端が垣間見えるものであることが多い。

例えば2000年代から最近までのセンター現代文に採用された文章には、ポストモダン的な問題に触れるものが多い。そしてそれらの問題は、お互いが完全に孤立したものではない。従ってそれらのトピックに親しんでおくと「何となく読みやすい」と感じることが多くなる。他の年の文章を良く理解しておくと、別の年の出題文もいくらか読みやすくなる

読解の難易度に大きく関わるのが「読み手がその分野にどれだけ親しんでいるか」である。例えば健康の話題に全然関心なかった人がいきなり医療関係の本を読むのは、結構大変である。聞き慣れない単語やフレーズが多く、理解できたとしても、読むのに多くの集中力を使ってしまうためだ。

一方、同じような問題を取り扱った文章に親しんでいると、似たようなロジックや話題を読む際にも少ない労力で理解できるので、脳の余力を文章理解に多く費やせるようになり、文章を素早く正確に読めるようになる。

「読解力向上のための読書」なんてやり出したらキリがない上に、入試の点数向上には直結しない。それより本番とレベルが同じで、似たグループに属する話題を扱い、量も限られている近年の過去問を読み直せば、無駄なく手堅い読解力向上の演習となる。

国語の問題は「解いたら終わり」と思って使い捨てている人が多いが、改めて1つの文章としてじっくり読み直し、自分なりに理解を深めておくことは有意義である。最近では一昔前のポストモダン的な話題から、SNSやフェイクニュース、反知性主義といったより現代的な話題へと入試問題の流行がシフトしつつあるので注意したい。

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投稿日時: 2019/06/21 ― 最終更新: 2019/12/02
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