図1:三田紀房『ドラゴン桜』2巻, 講談社, 2004年

結論から言うと、柳の言っていることが本当にその通りだと思うので、あまり付け加えることがない(図1)。

なぜ、長い文章から解くべきなのか。柳の論理は次のようなものである。

つまり問題が長ければ長いほど色々条件を与えられているから……自分で考える量は少なくてすむ。組み立てるパーツがある程度揃っているということだ。少々面倒なのは言葉で書かれてるパーツを数式で表すこと。でもこれは反復練習で慣れれば問題ない。

そもそも出題者は受験生が努力すれば解けるように問題を作る。長い文章題ではつい親切に説明してしまう場合も多い。パッと見て敬遠せずに、簡単と思ってゆっくり攻略すればいいのだ。

『ドラゴン桜』2巻

長い文章台は部分点を得やすい

長い問題が簡単かどうかは場合によるが、考える材料が多いことは確かである。従って部分点も稼ぎやすい。

数学の長い文章というのは、言ってしまえばそれだけ条件式が与えられているに等しい。それが単に数式ではなく言葉で書かれているだけなのだ。だから文章を数式に翻訳して整理すると、それだけで何をすればいいのか見えてしまう問題も多い。

ある人が、センター数学が何故解きやすいかについて、条件が色々与えられているからだと言っていたが、事の本質は同じではないだろうか。

シンプルな問題は自分で全て考えねばならない

作中で柳が述べているように、シンプルな問題というのはそれだけ解答者が自分で条件などを考えなければならない問題だ。

柳はフェルマーの最終定理を例に挙げているが(図2)、実際多くの受験生が敬遠する整数問題が難問化しやすいのは、問題がシンプルに作られていることも一因だろう。

図2:『ドラゴン桜』2巻

「シンプル」が最も「ハード」であるという逆説は、あらゆる世界で通用する。チャーハンは炒めるだけだから非常にシンプルだが、その分料理人の基礎力がモロに出てしまい奥深い料理だと思う。だから中華料理店のチャーハンは当たり外れが大きいのだ。

出題者が長文問題を作らねばならなかった理由を考える

ちなみに私が解いた2016年度の東大文系数学では、第4問の整数問題が一番難しいと言われた。

が、私には誘導が露骨過ぎて一番カンタンな問題に思えた。1つの問題が3つの小問に分かれていたのだが、最初の2つの小問を解かせた意図を考えると、最終問題がいともあっさり解けてしまったのである。解きながら「あぁ、これは柳の言っていた『 長い文章題ではつい親切に説明してしまう場合も多い 』ってやつだな」と思ったものだ。

これとは別に「妙な目くらましが多い問題は意外にカンタン」というのもあると思う。聞いたことのない用語や定義を問題文にゴロゴロ並べてくるタイプの問題だ。

こういう問題は、試験会場だとビビって後回しにしがちだが、冷静に読むと意外とフツーである。作問者が悪文家なのでややこしいのか、受験生の冷静さを試したくて悪文なのかは微妙だが、この手の問題は豆腐メンタルの受験生が自動で降りてくれて平均点が低下するので、チャンスとばかりに問題を冷静に読んで点をもぎ取ろう。

週刊少年ジャンプの『暗殺教室』というマンガは知ってるだろうか?あのマンガで数学の最終問題として難問が出て、そこでライバルと差がつくという話があるのだが、あの問題も体心立法格子構造がどうたらと小難しいことを並べてビビらせておいて、本質はそこではない。ちなみにあの問題はZ会が監修したそうである。

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投稿日時: 2019/06/27 ― 最終更新: 2019/11/25
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