投稿日時:2018/10/17 ― 最終更新:2019/01/23

太宰治『晩年』掲載

どんな小説を読ませても、最初の二三行をはしり読みしたばかりで、もうその小説の楽屋裏を見抜いてしまったかのように、鼻で笑って巻を閉じる傲岸不遜の男がいた。

太宰治『猿面冠者』冒頭より

『猿面冠者』はある意味、ミステリー作品である。小説の主人公が執筆に問題を抱える作家志望者で、さらに作品内で別の小説がスタートするという、作中作の体裁を取り、しかもラストで作品間の入れ子構造を意図的に破壊しているため、どこまでが「本当の」話なのか分からなくなってしまう。さらに言えば、太宰がどこから着想を得たのか、作中のストーリーはどこまで太宰本人の「正史」に絡むかなど、研究者的な視点からも興味深い点が多い。1つずつ解き明かしていこう。

タイトルの意味

『猿面冠者』は、「猿」のあだ名で知られ、後に天下統一を果たす豊臣秀吉を指す言葉である。作品内においては、栄達に失敗し「猿」のまま終わった凡夫への皮肉として、このタイトルが付されたか、あるいは道化を装う筆者自身の様態のことかもしれない。

結局、どういう構造になっているのか

本作には、表面上には少なくとも3人の「書き手」が浮上している。

  • 現実世界の書き手は「太宰治」(第一階層)
  • 作品内での第一の書き手は「男」(第二階層)
  • 作中作での書き手は「彼」(第三階層)

この入れ子構造は別にそんなにややこしくない。話がおかしくなるのは、物語の最後の段階において、突然「風のたより」を送っていた作中作における少女が反旗を翻し、「男」に対して直接語りかけてくる部分である。つまりここでは、フィクション世界における「第四の壁」――虚構と現実の世界を隔てる絶対的な認識の壁――が越境されている。

また事態をさらに複雑にしているのは、最後に物語の題を変更する「男」の正体の問題である。物語の最後に、少女の言葉を受けてタイトルが『猿面冠者』に変更されているが、「現実に」作品自体のタイトルも『猿面冠者』なので、ここで現実と虚構の世界が怪しい揺らぎを見せている。これが原因で、「現実」の所在が不明になってしまい、解釈によってテクストの物語構造が変化してしまうのだ。(なおここで「なぜ少女は第四の壁を越境できるのか」を問うのは無意味である。テクストに書かれている以上、これは事実として扱われる。本考察はこの事実を唯一の例外事項として話を進める)。

1.「男=虚構世界の作家」だった場合

この場合、物語はフィクション世界において完結している。「男」は自らが生んだキャラクターに毒を吐かれた。だから『猿面冠者』というタイトルを作中作に対してつけて、「太宰治」は『猿面冠者』という物語に後退して終了してしまった作家の挫折の物語として、現実世界の『猿面冠者』を書いた、という構造になる。

2.「男=太宰治」だった場合

これはかなりややこしい。物語の最終段落は、元々疑惑のあった「男=太宰治」説へ、俄に現実性を与えるものである。さらにここでの「男=太宰治」という関係性は、『人間失格』のような「主人公は太宰の自画像であり、太宰の分身」という関係性とは根本的に異なり、「男=現実の太宰本人」である。つまりこの解釈では、第一階層と第二階層は実は同一であったという暴露を含んでおり、最後の最後に「実はこの“男”は僕ちゃんだよーん」と、太宰がネタバラシをした形になるのだ。

ここにおいて物語は突然空想性を剥奪され、『猿面冠者』は虚構と現実の重なり合う世界となる。これまで見てきた構造関係は解体され、太宰が自らの創造したキャラクターからのクレームによって敗北を認め「現実に」『猿面冠者』と題するまでを描いた「執筆記」という構造に再編される。

なおこの解釈では「男」は確実に「太宰治本人」であり、「作品内とは別空間にいる太宰」は想定されない。何故なら題名を書き換える最終段落の主語が「男」だからだ。この主語が不明だったり「私」なら別の解釈もあり得た。

男は書きかけの原稿用紙に眼を落してしばらく考えてから、題を猿面冠者とした。

作者は作品内に完全に組み込まれ、作品世界は一種の現実的円環として閉じている。「太宰が『猿面冠者』を書くに至った話をさらに書く太宰」を想定すると、奇妙な話だが「太宰が2人存在してしまう」とか、あるいは合せ鏡のように「メタフィクションを書く太宰が無限発生する」という問題が発生する。パラドックスの発生を否定するために、遡行して「男=太宰治本人」が確定する。

それぞれの解釈をまとめよう。

  1. 「現実の太宰治」は別にいて、全ては作中の出来事。『猿面冠者』は2つの世界にそれぞれ存在し、「男」はやはり小説を書けない
  2. 「男=太宰治」で、実は『猿面冠者』を書くまでの過程をまとめた執筆記

どちらの解釈が「正しい」かは確定できない。が、私は後者の話の方が圧倒的に面白いからこっちを推すし、少女の言葉の中にはこの説に有利な箇所がある。

このような文学に毒された、もじり言葉の詩とでもいったような男が、もし小説を書いたとしたなら、まずざっとこんなものだと素知らぬふりして書き加えでもして置くと(以下略)

この多層構造のテクストは「挫折した物語」を「自虐オチの作家小説」に、後から作り変えたものだというのである。この場合、時系列としては以下のようになる。

  1. 太宰治が『風の便り』を書こうとして挫折する
  2. 少女からクレームが届いてタイトルを変更
  3. 「『風の便り』を書く男」としての物語を冒頭に付け足す

ここまで来ると、大分すっきりするのではないだろうか。

『鶴』を書いた「彼」の人物像

『鶴』の作者についても、モデルは太宰治と考えるのが一般的である。つまり太宰短編集における「読んでびっくり、主人公がみんな太宰!」という様式美の1作品内における実現であり、三人の作家が全員太宰という、日本最大の自意識過剰作家の面目躍如たる素晴らしいオチが追加される。

『鶴』を街中に喧伝する「彼」は、同人誌『細胞文藝』を喧伝した太宰そのものなのだが、私はこの件について、大学で安藤宏先生の講義を聴講したことがある。安藤先生は津軽に行くたびに図書館にある過去の新聞をひっくり返して、作中のように太宰が酷評を受けた痕跡を探し求めたらしいが、今のところその証拠はなく、むしろ何枚かの新聞で「この『細胞文藝』はなかなか良くできてる」と褒められている資料が見つかったそうである。ただ立派に作りすぎて50銭と高額になり、売れ行きは悪かったらしいが。以下は新聞の書評の引用。

『細胞文藝』は弘高の津島衆治君がやつてゐる。第一號なんかは堂々としてゐた。お陰で大へん賣れなかつたといふことだ。

太宰の高校時代に関しては、落書きなども結構発掘されている。なかなか画も達者だったようだ。

なお本文の終盤に(『風の便り』はここで終わらぬ)という言葉があり、少女からも続きに関する提案があるが、数年後に実際に『風の便り』というタイトルの作品が執筆されている。太宰中期の『風の便り』は、話の筋は完全に変えられているものの、筆が進まない作家の書簡でのやり取りという点では共通しており、作中作が別の形ではあるが現実化されることで、本作の余韻に一層の深みを付加している。

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