投稿日時:2018/10/13 ― 最終更新:2018/10/14

芥川龍之介 『老年』

芥川の『老年』には、処女作(習作とする向きもある)だけに多数の論考が存在するのだが、どうも私には芥川マニアによる内輪向けの深読みという気がしてならない。確かに古風で風流な言い回しや、筆致の職人的な精緻さなど、後の『羅生門』にも通じる初期芥川の特徴が色濃く表れている。しかし私は、この話は2つの実に「処女作らしい」問題点を孕んでいると思う。

1つは、描写が非常に技巧的で凝っているものの、読者の興味を牽引し続ける要素が薄く、掴みどころがないまま話が霧消してしまう点。有り体に言えばサスペンス要素が弱い。晩年の芥川は、文学の芸術性を重視し、「筋」に頼った作品に対して些か否定的な意見を寄せたが(谷崎潤一郎との「小説の筋論争」)、初期芥川の傑作は確実にサスペンス要素が作品の面白さを支えている。『羅生門』では下人の二転三転する心理状態がスリルを生んでいたし、『芋粥』には主人公がどこへ連れて行かれるのかという不安感があった。一方で『老年』では、ご隠居の行動への興味が一瞬掻き立てられるものの、すぐに話が収束してしまい味気ない。話全体として、多様な解釈を生んでいるとも言えるが、描写に終始しているだけという印象も受ける。

いま1つは、文章がハイコンテクストになりすぎている点。この文章を初見でサッと読むには、相当の教養と語彙力を求められる。1ページの中に江戸の地名や人物名、建築の材木名などが所狭しと並んでいるので、当時の人間でも、少なくとも関東に住んでいなければ読解に苦労したと思われる。現代人は注釈を何度も繰りながらようやく読める、といったレベル。

文句ばかり並べたが、文章自体は言語芸術として、若年にして既に高い完成度に達しているし、芥川という作家の誕生と終焉を結ぶ始点としては、大変興味深い作品であることは確かである。私としては、本作のような作風に物語性の面白味が付加されたのが初期芥川の良さだと理解している。

 

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