太宰治『女生徒』

省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰とも、わからぬ人を迎えに。

太宰治『待つ』

こいつは厄介な作品である。抽象的というか、形而上的というか、とても思わせぶりで、深読みしようと思えばどこまでも奥深い答えを見つけられてしまう。答えを確定する手段はなく、そして太宰は黙秘のまま答えを玉川上水に投げ捨てた。こういう作品の読み込みの深度とは結局、作家への信頼で決まるから、太宰をどこまで信じて潜り込むかということになる。

何を待っているかについて、当初より様々な推察が飛び交った。曰く、キリスト。いや、戦争の終結。はたまた、魂の救済。ついに「空白」という答案が飛び出した。待っているのは空白である。重要なのは待っている対象ではなく、待つという行為そのものなのである。妙案であり、座布団が大いに運ばれてきたが、些かとんち合戦の滑稽味がないわけでもない。

果たして「待つ」対象の特定化は不毛な試みだろうか。しかし最後の文で「わざとお教え申しません」「あなたは、いつか私を見掛ける」とまで読者の関心をそちらに引っ張り、ある意味で挑発までしているのだから、待っているものが意味を持ち得ないというのは主題解釈の放棄にも思える。

真珠湾攻撃関連作品に続いてこの作品が執筆されたこと、繰り返される「大戦争」というキーワードの存在から、待っている対象が戦争と関わりのある何かである可能性は濃厚であるように思われる。加えて注目したいのは、冒頭で描写される語り手の「息苦しさ」についてである。

私は、人間を嫌いです。いいえ、こわいのです。(中略)世の中の人というものは、お互い、こわばった挨拶をして、用心して、そうしてお互いに疲れて、一生を送るものなのでしょうか。

人間関係の虚無性に疲弊した女性は、大戦争の勃発によりいよいよ家にもいられなくなり、駅でひたすら何かを「待つ」ようになった。となれば待っているものは、大雑把には「救いをもたらす何か」なのだろう。

そしてもう1つのキーポイントとして、語り手は対象を明確に言語化できていない。言葉で言い表せない何かを待っている。考えてみれば、このような経験は誰しも持っているのではないか。「何かが起こるのを期待して、ある場所をいつまでもウロウロしている。しかしそれが何なのか、自分でも分からない」という霧中に彷徨する感覚。

厭世的、厭戦的な気分から女性が待ち続ける「必ず読者が辿り着く場所」について、私は素朴に「戦争の後に訪れる、救いをもたらす何か」であると考える。「それ」が何かを具体的に特定はできないし、女性自身も言語化できていないが、我々は戦後から復興期にかけて、既に「それ」に到達しているはずではあるまいか。何しろ女性(太宰)は戦争勃発直後から「それ」との出逢いを確信していたのだから。

一体、私は、誰を待っているのだろう。はっきりした形のものは何も無い。ただ、もやもやしている。(中略)もっとなごやかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの。なんだか、わからない。たとえば、春のようなもの。

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投稿日時: 2018/12/29 ― 最終更新: 2019/04/17
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